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恋なんかじゃない

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  • 1:

    〜♪♪・・・携帯が歌う。メールだ。
    僕の従順な相棒は、一日に何通もの手紙を受け取り保管してくれる。
    僕はゆっくりと開封していく。

    「今日はありがとう!」
    「明日は3時頃行くね☆。」

    2006-06-07 11:31:00
  • 151:

    「ん?何が?」
    「お店したいって言う夢。」
    私は笑って首を振った。
    「うん・・・。」
    「もったいないと思うのよ。こんなに好きなのに、それを生かせないなんて。」
    「ありがとう。でも、もう怖気づいちゃったよ。」
    「そうか・・。・・・ごめんね。」

    2006-06-20 17:19:00
  • 152:

    「謝ることないよ!ほら、グラス空いてるよ!飲もう!」
    「うん!・・・あ、すいませ〜ん!お代わりください〜!」
    未来はグラスを持ち上げて、ビールを注文した。
    二人で居る時はいつもこんな調子。
    飲んで、食べて、いっぱい話して、私達の会話は止まる事を知らない。
    二人がまだ10代だった頃から、ずっと変わらない。

    2006-06-20 18:45:00
  • 153:

    この日は結局もう一軒、未来行きつけのバーに入り、終電まで飲んだ。
    地下鉄の乗換駅で降りるとき、私は未来に伝えたい事を話した。
    「未来、ありがとうね。私もう大丈夫。」
    「ナツキ?」
    「もう、あの時の事、段々思い出さなくなってきてるの。
     だから、大丈夫だよ。」
    未来は笑って頷いた。
    「じゃあ、おやすみ。またね。」
    「うん。またね。おやすみ。」

    2006-06-20 18:51:00
  • 154:

    酔いで霧がかかったような頭の中に、ぼんやりと二つの顔が浮かんだ。
    泣き崩れていたナツロウさん。
    お店を開きたいと、キラキラした目で語っていた那智君。
    その二人の姿は、どちらも過去の自分の残像の様に思えた。
    本当は思い出さなくなったんじゃない。
    なかった事にしたくて、今まで必死に蓋をして押さえつけていたんだ。
    でも今日私は、あの日の出来事を、自分に起こった事として受け入れられるような気がした。

    あの日姿を消したあの人は、今一体どうしているのだろう?

    2006-06-20 19:12:00
  • 155:

    あれから3日経った。
    律子さんは次の日、僕が出勤していない間に店に来て、未収を払っていったそうだ。
    僕にはメールが届いていた。
    「お金は払っておいたから。」
    それだけだった。
    一真さんは僕の肩を叩いて、「元気出せ!」と笑ってくれた。
    一真さんの笑顔は僕を安心させてくれる。

    2006-06-20 19:29:00
  • 156:

    那智は僕を笑わせようと、仲のいい新人と二人で、馬鹿な冗談を連発してきた。
    そしてミントジュレップを作ってくれた。
    人の優しさが、すごくありがたかった。
    仲間っていいなって、心から思えた。

    2006-06-20 19:48:00
  • 157:

    そして僕の背中は、ナツキさんの手の温かさを覚えていた。
    あの時の温かさが、僕を励まし続けている。
    誰かの笑顔や、手の温もりは、人に勇気をくれる物なんだな・・・。

    2006-06-20 20:01:00
  • 158:

    今日の営業が終り、僕は一度家に帰りスーツを脱いだ。
    僕達を象徴する、黒いスーツ。細いネクタイ。
    逆立てた髪、海外ブランドのフレグランス。
    本当はこんな物が、僕に似合っているのかよく分からない。
    初出勤の日、鏡に映った自分を見て、一人苦笑いしてしまった。

    2006-06-21 13:58:00
  • 159:

    馴染まない自分のホスト姿。
    正直言って、部屋のドアを開けるには勇気が要った。
    しかし踏み出してみれば、夜の街の闇とネオンは僕を上手く溶け込ませてくれた。
    その街でがむしゃらになっているうちに、
    自分のホスト姿も、まんざら悪くないと思えるようになった。

    2006-06-21 17:32:00
  • 160:

    夜の街には魔物が住むと誰かが言っていた。
    恐らく残酷で美しい魔物だろう。
    美しさに酔いしれていれば、途端に足元を掬われる。
    僕らは常に襟を正して、向き合わなくちゃいけない。
    輝きを与えてくれる、美しい魔物と。

    2006-06-21 19:56:00
  • 161:

    私宅を整えて、僕は部屋を出る。
    ゆっくり歩いて行こうかな。

    待ち合わせの場所に着くと、僕は窓際の席に座った。
    人ごみ中に彼女の姿を探す。
    僕はずっと人の流れを見つめていた。
    もうすぐ夏が来るんだよな。
    真昼の太陽は、皆を明るく照らす。

    2006-06-21 21:02:00
  • 162:

    彼女が入り口から入ってくるのが見えた。
    一瞬心臓がピクンと跳ねた。
    「こんにちは。」
    ナツキさんはにっこり笑うと、向かい側に座った。
    「こんにちは。」
    「誘ってくれてありがとね。」

    2006-06-21 21:11:00
  • 163:

    「迷惑じゃなかった?」
    「何でよ!そんな訳ないよ〜!」
    ナツキさんはおかしそうに笑った。
    「ナツロウさんこそ、大丈夫?仕事終わってすぐでしょ?疲れてない?」
    「いや、全然大丈夫。今日は休みだしね。」
    「あ、あそこは日曜日がお休みなんだね。」
    会話はスムーズに進みだした。
    僕は心底ほっとしていた。実は滅茶苦茶不安だったんだ。

    2006-06-21 21:38:00
  • 164:

    「ナツロウさん、そんな感じもいいね。」
    「え?」
    「髪とかね、服装とか。スーツのナツロウさんもステキだけど、
     髪下ろして、パーカー着てるナツロウさんもステキだよ。」
    彼女の言葉で、僕は自分の不安が、彼女に対してとても失礼なものだったと分かった。
    彼女にとって、飾りなんて、どうだっていい事だよな。
    だいたい僕は、彼女の前で臆面も泣く号泣していたじゃないか。
    あの日彼女は、僕が泣き止むまでずっと傍にいてくれたんだ。

    2006-06-22 00:04:00
  • 165:

    「スーツはね、俺にとっては戦闘服みたいなもんなんだ。」
    「戦闘服か・・・。うん、でも分かる。袖を通した瞬間に、
     よし!やるぞ!って気合入るだろうね。」
    「そう!ホストモードに切り替わるっていう感じ。」
    ナツキさんは、カップに紅茶を注ぎながら、笑っている。
    「ほら、那智君がさ、鏡に向かう時は、武士が戦場に向かうときの心情だって。」
    「ああ!あいつ、そんな事言ってたよね!」

    2006-06-22 00:13:00
  • 166:

    カップを口に運んで、一口紅茶を飲むと、彼女は穏やかな口調で続けた。
    「私ねえ、20歳の時から2年くらいホステスしてたのよ。」
    「そうなんだ?」
    「うん、その時ね、やっぱり鏡に向かう時はね、今から頑張るぞ〜って思いながら
     赤い口紅塗ってたよ。」
    彼女の言葉の一つ一つを聞き漏らさないように、僕は耳を済ませた。

    2006-06-22 00:41:00
  • 167:

    「ナツロウさんは、今の仕事何年目なの?」
    「・・・俺、達也っていうんだ、本名。」
    「達也君?」
    「そう、山崎 達也。達成の達に也。」
    ナツキさんは やまざき たつや と声に出さずに呟いた。
    「わたしはね、河内 菜月。菜の花の菜に満月の月でナツキ。」
    僕達は初対面の様に、お互いの名前を名乗った。

    2006-06-22 01:05:00
  • 168:

    僕らはカフェを出て、少し散歩する事にした。
    少し歩くと、大きな公園がある。そこを目指して、二人で並んで歩いた。
    「今の仕事は丸2年。それまでは、服屋の店員してた。」
    「どんな感じの服屋さんだったの?」
    「カジュアルな感じだね。古着のジーンズとか、Tシャツとか。
     裾上げの作業もしてた。」
    「器用なんだね。」

    2006-06-22 12:45:00
  • 169:

    「どうだろ?でもそれに関してはね、今でも特技って言えるかな。
     初めてお客さんのジーンズの裾に鋏入れた時は、ガクブルもんだったけど。」
    「うんうん。」
    彼女は興味深そうに僕の話に耳を傾けてくれた。
    当時の失敗のエピソードや、今でも仲間のスーツのズボンの裾を直す事もあるとか、
    どんな話にも興味を示してくれた。

    2006-06-22 12:53:00
  • 170:

    僕は彼女に、僕という人間を知って欲しかった。
    そして僕は、彼女をもっと知りたかった。
    僕らは再会を喜ぶ古い友人みたいに、語り、聞いた。
    気が付けば、日は陰り、大通りを走る車がライトを点け始める時間になっていた。

    2006-06-22 13:11:00
  • 171:

    その後も一緒に食事をしながら、ゆっくりと過ごした。
    初めから最後まで、菜月さんは、この間の事に関しては、何も触れてこなかった。
    意識的に避けている様だった。
    気を使わせているな、と申し訳なく思ったけど、
    正直言って、その配慮はとてもありがたかった。
    思い出して気持ちの良いものではないから。

    2006-06-22 14:41:00
  • 172:

    解決しなきゃいけない問題、自分の心の暗闇。
    そんな物から、目を背けるわけにはいかないけど、
    今この時間だけは、穏やかな空気に浸っていたかったんだ。

    別れ際に僕は、菜月さんに「ありがとう。」と伝えた。
    菜月さんは黙って首を横に振って笑った。
    改札口に吸い込まれた彼女が、人ごみに見えなくなるまで、
    僕はじっとそこに立っていた。

    2006-06-22 15:20:00
  • 173:

    「なあ、最近なんかあったのか?」
    倉田さんはテレビに視線を固めたまま、ぼそっと言った。
    「何の事ですか?急に。」
    「何かさあ、雰囲気が変わったような気がしたからさ。」
    私は彼の横顔を見て、しばらく黙っていた。
    それでも彼はこちらを向いてくれようとはしない。
    相変わらず視線は画面を追っていた。

    2006-06-22 15:33:00
  • 174:

    「雰囲気ですか・・・。どんな風に変わったと思われたんですか?」
    グラスに残ったお酒を一気に飲み干すと、ようやく彼は顔をこちらに向けた。
    「明るくなったような気がする。何かいい事でもあった?」
    「この間、友達に会って、食事をして来ました。
     それがすごく楽しかったんです。」
    私は見透かされているような気がして、気が気でなかった。

    2006-06-22 20:10:00
  • 175:

    別に悪い事をしている訳ではないと思うのだけど、
    なぜか罪悪感は拭えない。
    友達に会ったのは嘘じゃない。
    未来にも、達也君にも会って、とても楽しかった。
    私が明るくなったと言うなら、理由はそこにしかない。

    2006-06-22 20:20:00
  • 176:

    「そうか、楽しかったか?」
    彼は納得したように、笑って言った。
    「はい。楽しかったです。」
    父親のような微笑で、彼はうんうんと何度も頷いて、わたしの頭を撫でた。
    彼はいつも通り12時まえに帰っていった。
    「おやすみ。」

    2006-06-22 20:26:00
  • 177:



    「大丈夫か?」
    彼は病室の扉の前でしばらく立っていたようだ。
    入院した病室は個室で、私はベッドの上で身体を起こし、
    ただただ、真っ直ぐに白い壁を見つめていた。
    彼が声を掛けるまで、人が入ってきた事も気が付かなかった。
    話しかける事すら躊躇われるくらいに、放心していたそうだ。

    2006-06-22 22:23:00
  • 178:

    「・・・倉田さん?」
    彼はベッド脇の椅子に腰掛けると、買ってきてくれた雑誌をテーブルに置いた。
    「ママから入院したって聞いて・・・。大丈夫なのか?」
    ママ?大丈夫?何の事?
    私には彼の言葉が、学者の難しい論文のように聞こえた。
    必死に言葉の意味を探して、考え込む。そして混乱する。

    2006-06-22 22:38:00
  • 179:

    爪が食い込むのではないかと思うぐらいに、私は拳を握り締めていた。
    そんな状態のまま何も話さない私を見かねたのか、
    彼は私の手をそっと解きゆっくりと語りかけた。
    「大丈夫だ、何も言わなくていい。ママから聞いてる。
     これから先の事は、俺が出来る限り手助けする。
     だから、何も心配しなくていいんだよ。」

    2006-06-22 22:50:00
  • 180:

    そう言うと、彼は私の手をしっかり握ってくれた。
    私は泣いた。声も出さずに、ただ涙だけ流していた。
    彼は連絡先を書いたメモを私の手に握らせ、
    退院の日は迎えに来るから必ず連絡するようにと言い残して、
    病室をそっと出て行った。

    2006-06-22 23:01:00
  • 181:

    私は10日後に退院になった。
    入院中は未来が毎日顔を出してくれた。
    口をつぐんだままの私に、未来はずっと根気よく、話しかけてくれた。
    そんな未来の優しさのおかげで、私は少しずつ平静を取り戻した。
    空腹を思い出し、それまで一切物を食べていない事に気が付いた。

    2006-06-23 01:49:00
  • 182:

    「・・・お腹空いた。」
    入院5日目の事だった。
    未来は驚いた顔をして私を見ると、すぐに持ってきた紙袋から、
    プリンを出して、蓋を開け、スプーンを私に持たせた。
    ゆっくり口に運ぶ私を見守りながら、未来はずっと泣いていた。
    「・・・ちゃんと食べなきゃ。点滴だけじゃ駄目なんだよ。」
    未来の言葉に私は頷き、ゆっくり噛み砕いて、味わった。

    2006-06-23 02:00:00
  • 183:

    ストレスからくる摂食障害。栄養失調。医者の診断はこうだった。
    ママの店に出勤して、開店準備をしているうちに、私は気を失ったらしい。
    ママと、ママと同伴して来たお客さんが、
    床に倒れている私を見つけて救急車を呼んで、病院へ搬送、即入院。
    意識を戻した時、私はベッドの上で、すぐ傍にママが座っていた。

    2006-06-23 03:59:00
  • 184:

    退院の日、倉田さんは本当に迎えに来てくれた。
    彼の車に乗り、私のマンションへ向かった。
    「お世話掛けて、申し訳ありません。」
    「そんな事気にしなくていい。そんな事より、これからどうするんだ?」
    昼間の会社に連絡すると、診断書を送るようにと指示された。
    そして、申し訳ないが、あなたの完治を待つわけにはいかない。
    こちらも忙しいのだから、どうか理解して欲しい。
    要するに「辞めてくれ。」という回答だった。

    2006-06-23 11:37:00
  • 185:

    会社の判断は当然の事だと思った。
    これ以上迷惑を掛けるわけにはいかないし、
    私にも、体力勝負のこの仕事に戻る自信はなかった。
    ありがたい事に、会社は、その代わりと言っては何だが、と
    通常よりも多い退職金を準備してくれた。

    2006-06-23 12:54:00
  • 186:

    「しばらくは何とかなると思います。落ち着いたら仕事を探します。」
    「ママのところも辞めるんだって?」
    「はい。二人で話し合って、そうさせて頂く事にしました。」
    「そうか・・・。皆寂しがるだろうな。」
    倉田さんは常連のお客様の取引先の営業マンだった。
    成績優秀な人だと聞いていた。

    2006-06-23 13:05:00
  • 187:

    初めての来店から、倉田さんは週に1、2回飲みに来るようになった。
    時にはお客さんを連れて、接待の場としても利用してくれた。
    昼間の職場のカフェにも、何度か足を運んでくれた。
    15歳年上の、仕事ができる、自信に溢れた男性。
    私は彼に憧れていた。
    ママから、彼に当然ながら家庭がある事を聞き、少なからず落胆した。

    2006-06-23 15:26:00
  • 188:

    退院してからも、倉田さんは毎日連絡をくれた。
    そして、私にも朝と夜一回づつ、メールをよこす様にと言った。
    必ず、それだけは守るようにと。
    私はしばらくは、ほとんど外には出ず、部屋に篭っていた。
    未来やママが、時折部屋を訪れてくれて、一緒に食事をした。
    私は、もうちゃんと、物を食べられるようになっていた。

    2006-06-23 18:02:00
  • 189:

    食べない、という行為は、命を削る事なんだなと、その時思った。
    様々な生命たちが、私に生きるエネルギーを与えてくれる。
    「おいしいね。」
    そう言った私に、未来は嬉しそうに微笑んだ。
    そんな、のんびりとした毎日を過ごして、半月が経った。
    私は倉田さんから、とある喫茶店に呼び出された。
    その日から、今の私の生活が始まったのだった。

    2006-06-23 18:13:00
  • 190:

    休み明けのCLUB HILLは忙しい。例に漏れず、今日も満席だ。
    那智も固定客が着いてきて、今日はシャンパンも卸してもらっていた。
    開店前のトイレの鏡の前で、那智は嬉しそうに報告してきた。
    「ナツロウさん!今日俺、二組お客さん入ってるんスよ!」
    「お!やったじゃん!」
    「もう、精一杯接客しますよ!でも、あれっスね。」
    「あれってなんだよ?」
    髪にスプレーを吹きかけながら僕は笑った。

    2006-06-24 00:41:00
  • 191:

    「どっちも2回目のお客さんなんスけど、
     また来てもらえるって、すげぇ嬉しい事なんですね。」
    「うん、そうだよな。」
    僕達は感慨深げに頷いた。
    「よし、頑張るか!」
    「はい!」
    今日も髪を逆立てて、侍達は出陣する。

    2006-06-24 00:48:00
  • 192:

    タバコの煙、大音量の音楽、侍と姫様達の喚声が渦を巻く店内。
    この場所を借りて僕らは自分を売り込む。
    売れれば天国、一攫千金。そんな幻想、働いてみれば一気に吹っ飛ぶ。
    僕らは形のない物に値段を付ける。
    その難しさを思い知らされ、消えていった人間を何人見てきただろう。
    仕事仲間はみんなライバル。
    今日はナンバー1でも、明日はどうなるか分からない。

    2006-06-25 15:57:00
  • 193:

    前を走る人間がいないなら、追いつかれる不安が付きまとう。
    油断なんてしてられない。
    僕は経験ないから、ナンバー1の気持ちは分からないけど。
    結局立ち向かわなきゃならない、一番の強敵は自分自身なんだろうな。


    2006-06-25 16:10:00
  • 194:

    そうか、今日は締日だったな。
    フロアを見渡して、僕は独り納得した。
    この忙しさは、休み明けっていう理由だけではなかったんだ。
    「ねえ〜ナツロウ君は今月ナンバー入れそうなの〜?」
    呂律の回らない口調でお客が言う。
    「どうだろうなあ?今月は難しいかも知れないね。」
    「そうなんだ〜。・・・ねえ、何か卸そうか?」
    上目使いで、僕の反応を伺うように彼女は言う。

    2006-06-25 20:20:00
  • 195:

    「も〜!ナツロウくんは優しいよね!
     何か嬉しいから、ピンク2本ね!」
    「ナツロウはうまいよな〜。全部計算ずくなんだろ?」
    仕事仲間に何度となく言われた台詞。
    別に計算なんてしていない。計算で動くほど、僕は頭が良いとは思えない。
    何を飲むかを決めるのはお客。僕に値段を付けるのもお客。
    その考えに添って接客しているだけだ。

    2006-06-25 21:13:00
  • 196:

    「大丈夫なの?」
    彼女はお使いをこなした子供のような顔で笑う。
    「うん!」
    本当に無理しなくていいのにな・・・。
    そう思いながら、僕はオーダーを出す。
    今日はコールの嵐が起きている。
    侍達は残りの力を振り絞って、本丸へと攻め込む。

    2006-06-25 21:23:00
  • 197:

    締日の営業が終り、フロアのソファーには、
    何人ものスタッフが、酔いつぶれて倒れこんでいた。
    その中には、那智もいた。今日はよく飲んでたからな・・・。
    「お疲れっす。」
    そう言って、僕は太陽の眩しい地上に上がった。
    「ナツロウ!」
    後ろから、一真さんが追いかけてきた。

    2006-06-25 21:35:00
  • 198:

    「お疲れさまです。」
    「お前は、酒が強いな〜。」
    「一真さんに言われたくないですよ!」
    どちらともなく、僕らはいつもの飯屋に入った。
    「ビール!」
    席に着くなり、一真さんは叫んだ。

    2006-06-25 21:39:00
  • 199:

    「一真さんに言わしたら、ビールは水みたいなもんなんですかね?」
    一真さんは、お絞りで顔を拭きながら、首を振る。
    「客が見たら泣きますよ。一真さんが、おっさん臭いことしてたって。」
    顔を拭き終わって、さっぱりした顔で、一真さんはニヤッと笑った。
    「俺は、こういう奴なんだよ。仕事終わった後ぐらい、好きにさせてくれ。」
    一真さんは嬉しそうにビールを注いでいる。

    2006-06-25 21:49:00
  • 200:

    「サラリーマンの人とかさ・・・。」
    グラスのビールを一気に空けて、一真さんは続ける。
    「仕事終わった後の、ビールがたまらないって言うだろ?」
    「ええ。」
    「俺もそれを味わいたい訳。まあ、仕事中に嫌って程飲んでんだから、
     味なんて、よく分からんけどな。」
    僕には一真さんの言いたい事が分かるような気がした。

    2006-06-25 21:55:00
  • 201:

    僕は一真さんのグラスにビールを注いだ。
    「俺達はさ、酒飲むのも仕事の内だろ?
     よく知らねえけど、昼間会社員してる人たちは、仕事中に飲めるわけないだろ。」
    「まあ、怒られちゃうだけじゃ、済まないかもしれないでしょうね。」
    一真さんは冷えたトマトをつついている。
    「でさ、仕事終わって、俺今日も頑張ったよな〜って、ビールを飲むわけだ。」
    「想像しただけでも、ときめいちゃいますね。」

    2006-06-25 22:06:00
  • 202:

    「だろ?そうやって自分を労ってさ、明日への活力を補うんだろうな。
     俺もさ、それがしたいんだよ。酒はもともと大好きなんだけどな。だけどさ・・。」
    「だけど?」
    一真さんはまたビールをあおる。
    「旨いな〜って、気持ちよく酔うことができないんだよな。
     特に店ん中だと、俺が酔いつぶれるなんてあっちゃならんからな。」

    2006-06-25 22:22:00
  • 203:

    一真さんは、フロアマネージャー。何かトラブルはないか、
    効率よく席を回せているか、常に目を光らせていなければいけない。
    「お前とさ、こうやって仕事終わった後に飲む酒は旨いよ。
     でもな、これが素面の状態だったらもっと旨いだろうなってな。
     今の俺にとっては、お前が言う様に酒は水みたいなもんなんだろうな。」
    「いつかお互いが素面の時に、夕方から飲みたいですね。」
    一真さんは笑って頷いた。

    2006-06-25 22:34:00
  • 204:

    部屋に帰り、着替えるとベッドに横になり、お客へメールを送る。
    明日のスケジュールを確認して、携帯を閉じた。
    「女がさ・・・。」
    「え?」
    「俺の女がさ、一緒に住んでたんだけど、これが愚痴とか言わない奴だったんだよ。」
    「優しい人ですね。」
    一真さんは真面目な顔で続けた。

    2006-06-25 23:47:00
  • 205:

    「俺の仕事を理解しようとして、いろんな事我慢してくれたよ。
     昼働いてるから、生活も間逆になるしな、
     あいつ自分が仕事から帰ったとこなのに、俺の顔見たら「お帰り。」
     って言ったよ。」
    僕は黙って一真さんの話を聞いていた。
    「溜め込んでたんだろうな、ある日突然いなくなったよ。
     あ・・俺の女じゃないな、俺の女だった女だな。」

    2006-06-26 01:47:00
  • 206:

    一真さんは自分自身を嘲る様に笑った。
    「お前さ、好きな女いるんだったら、精一杯「好きだ。」って、言ってやれよ。
     言葉や態度でちゃんと示してやれよ。」
    僕は黙ったまま、深く頷いた。
    「俺達の口はさ、営業トークや、シャンパンコールする為だけに付いてんじゃないからさ。」
    一瞬一真さんは、本当に悲しそうな顔をした。

    2006-06-26 02:02:00
  • 207:

    一真さんは喪失感に一人で耐えているのだろう。
    大好きだった人と一緒に居た空間に、一人で居るのはどんなに辛いだろう。
    僕は何も言えない自分の無力さが、もどかしかった。
    僕は深呼吸して、目を閉じた。
    瞼に浮かんだ、一真さんの顔に弾かれて、僕は携帯を握った。

    2006-06-26 20:18:00
  • 208:

    ----今日仕事が終わったら連絡もらえませんか?------
    達也君からメールが入っていた。
    私はすぐに電話をかけた。
    「もしもし?」
    「あ、私菜月です。」
    「今仕事終わったんだね。お疲れ様。」
    「うん。ありがとう。どうしたの?」

    2006-06-26 20:41:00
  • 209:

    達也君は少し間を置くと、ゆっくりと言った。
    「今から、少しでいいから、会ってもらえないかな?」
    私は何も言えず、黙り込んでしまった。
    「ごめん、急にこんな事言って。
     でも、もし時間があったら、少しでいいから会ってくれないかな?」
    「・・・ごめんね。今日は用事があるから・・・。」

    2006-06-26 20:50:00
  • 210:

    「じゃあ、明日はどうかな?会えない?」
    私は、自分がものすごく残酷な生き物に思えて、悲しくなった。
    「明日も、駄目なの。ごめんね。」
    「そうかあ・・・、じゃあ・・・」
    「明後日、お店行くよ?」
    私は彼の言葉を遮って言った。

    2006-06-26 20:55:00
  • 211:

    「違うんだよ、そういう事じゃない。僕は店に来て欲しいって言ってるんじゃない。」
    達也君の言葉は穏やかだけど、力強かった。
    「あ・・・ごめんね・・・。」
    「そんなに謝らないでよ、俺が急に言ったんだし。
     でも、時間がある日に、会えないかな?
     菜月さんが都合いい日でいいから。」
    私達は木曜日の達也君の仕事が終わった後に、会う約束をした。

    2006-06-26 21:07:00
  • 212:

    「それとお願いがある、店にはもう来ないで欲しい。」
    達也君ははっきりと、そう言った。
    私は溜息をついて、携帯をカバンに仕舞った。
    時計は契約の時間の30分前を指していた。
    急がなきゃ、時間に遅れる。契約は守らなきゃ。
    ・・・私は倉田さんに会いたいんじゃないの?自分に問いかける。
    いつの間にか、契約、だけに私は囚われている。

    2006-06-27 00:49:00
  • 213:

    お金が欲しいんじゃなかった。
    倉田さんに傍に居て欲しいだけだった。
    私が作った料理を、「おいしい。」って食べてくれる人が欲しかった。
    誰かに必要とされたかった。
    自分のもとには決して戻っては来ない人と分かっているのなら、
    お金という形のある物を介入させて、繋がっているのも一つの方法だと割り切れた。
    私は何て馬鹿なんだろう。

    2006-06-27 01:03:00
  • 214:

    地下鉄のホームへと、階段を下りる。
    車両がホームへ入ってきたのか、突風が私の髪を巻き上げた。
    私の脳裏に、未来の黒い目尻が、やけにくっきりと描き出された。

    2006-06-27 08:32:00
  • 215:

    ホームに下りて地下鉄の到着を待つ。
    時計を見ると、17:40。何とか間に合いそうだ。
    何気なく反対側のホームに視線を移して、私は自分の目を疑った。
    あの人が立っていた。
    5年前、突然姿をくらました、かつて友人であった女性。
    名前を叫ぼうとして、息を吸い込んだ。
    その瞬間、ホームに地下鉄が滑り込み、彼女を連れて行ってしまった。

    2006-06-27 19:20:00
  • 216:

    その晩、倉田さんが帰ると、私はママに電話した。
    「ママ?菜月です。」
    「あら、どうしたの?久しぶりじゃない。」
    私は呼吸を整えて、次の言葉を吐き出した。
    「今日、エリカを見かけたの。」
    「うそ・・・。」

    2006-06-27 19:46:00
  • 217:

    エリカはママの店の近くにあるクラブのホステスだった。
    お客さんを連れて、よく店に遊びに来た。
    華やかな容姿、機転の利いた話術。
    彼女は一流のホステスだった。
    歳が近い事もあって、私には親しみを込めた態度で接してくれた。
    時には、まだこの仕事に慣れない私に、的確なアドバイスもくれた。
    そんな彼女を私は尊敬し、姉の様に思い、慕っていた。

    2006-06-27 19:57:00
  • 218:

    「ねえ、ナツキちゃんは、どうしてこの仕事始めたの?」
    仕事上がりに待ち合わせて食事をしていた時の事だった。
    「うん、目標があってね、その為にお金を貯めようって思って始めたの。」
    「へぇ〜、どんな目標?」
    「自分のね、お店を開きたいの。」
    エリカは目を見開いて、興味深そうに身を乗り出した。
    「何のお店?」
    「うん、カフェがね、したいの。だから、昼間は料理作る仕事して勉強してる。」

    2006-06-27 20:04:00
  • 219:

    「そうなんだあ!ステキな夢だね!」
    「エリカは?」
    エリカは寂しそうに笑った。
    「私はね、こんな事あんまり話した事ないんだけど、
     ナツキちゃんには、聞いてもらいたいな・・・。」
    そう前置きして、エリカは自分の身の上を話し始めた。

    2006-06-27 20:09:00
  • 220:

    それは複雑で悲しい話だった。
    子供の頃にいなくなったお父さん。頑張って育ててくれたお母さん。
    そのたった一人の大切なお母さんが、病気で入院して、
    その治療費の為にクラブで働きだしたエリカ。
    私は胸が詰まる思いで、エリカの言葉を聞いていた。
    「だからさ、ナツキちゃんが羨ましい。夢があってさ。」

    2006-06-27 20:18:00
  • 221:

    私は自分は何て無神経なんだろうと、何ておめでたいのだろうと情けなくなった。
    「何か力になれることがあったら、相談してね。」
    そう言ってエリカの手を握った。
    エリカは目に涙を浮かべながら「ありがとう。」と言った。
    今考えれば、私は何て思い上がっていたのだろうと思う。
    手を差し伸べる自分に酔っていたのかもしれない。

    2006-06-27 20:38:00
  • 222:

    「この事は、ナツキちゃんにしか話せないの。誰にも言わないで。」
    「うん。分かった。」
    私とエリカは、まるで二人で一人の様にして一緒にいた。
    痛みを分かち合い、そうする事が友情の証だと思っていた。
    そして時はやって来た。
    ある日エリカは泣きながら電話を掛けてきた
    「どうしたの?!」
    「ナツキ、お願いがあるの・・・。」

    2006-06-27 21:05:00
  • 223:

    お母さんが危篤で、すぐに手術を受けなければ危ない。
    手術費が足りない。こんな事ナツキにしか頼めない。
    彼女は声を詰まらせながら訴えた。
    「分かった。」
    私はすぐにお金を準備した。そして待ち合わせの場所へ向かった。
    封筒を差し出すと、エリカは泣きながら、何度も、ありがとうと言った。
    出来るだけ早く返すからと。
    そして急いでお母さんの待つ故郷へと帰っていった。

    2006-06-27 21:12:00
  • 224:

    エリカからの連絡は、それ切りなくなった。
    何かあったのだろうか?無事に手術は終わったのだろうか?
    私は何度となく、彼女の携帯を鳴らした。
    でも、彼女は電話に出る事はなかった。
    そして一週間後、ついに電話は、機械的なアナウンスだけが流れるようになった。
    〜・・・番号は現在使われておりません・・・〜

    2006-06-27 21:16:00
  • 225:

    「どうして?」私は、食事も喉を通らず、夜も眠れなくなった。
    「あんた、顔色悪いわよ?どうしたの?」
    ママの一言が、引き金となって、私は自分の猜疑心を吐き出した。
    「ちょっと待ってなさい。」
    ママはエリカの勤めているクラブのオーナーに会いに行った。
    そして、私の疑惑は確信へと変わった。

    2006-06-27 21:23:00
  • 226:

    ママは詳しい事は言わずに、エリカは休みなのか?と聞いたらしい。
    オーナーは、10日ほど前から突然来なくなって困っている、と言ったそうだ。
    連絡も取れなくなった、売れっ子だったから、店としてはとても痛いとも。
    もう、戻ってこないものと諦めていると。
    そして、実家のお母さんの容態は大丈夫なのか?とママが聞いたら、
    「何の事だ?」と怪訝な顔をしたらしい。

    2006-06-27 23:10:00
  • 227:

    「あんた、いくらあの子に貸したの?」
    「・・・。」
    私は答えられなかった。
    「あの子の母親は2年前に、亡くなられてるそうよ。
     オーナーお葬式行ったって言ってたからね。
     父親はご健在らしいけど、全く連絡取ってなかったみたいね。」
    「でも・・・エリカは・・・。」

    2006-06-27 23:20:00
  • 228:

    ママは私の両腕を掴んで、落ち着いた口調で言った。
    「ナツキ、あんたが信じたくない気持ちは分かるけど、受け入れるしかないよ。
     エリカの事も、お金の事も、今すぐにとは言わないけど、諦めなさい。」
    私は呆然とママの顔を見ていた。
    「傷ついただろうけど、下手な同情で、易々とお金なんて貸すもんじゃないよ。
     貸すんじゃなくて、あげるくらいの気持ちでなきゃ駄目なのよ。」
    ママは私の頭を撫でた。
    「しっかりしなさい。あんたは一人じゃないのよ。」

    2006-06-27 23:33:00
  • 229:

    受話器からママの溜息が聞こえた。
    「それで、あんたどうしようと思ってるの?」
    私は少し考え、はっきりと言葉にした。
    「エリカに言いたい事、聞きたい事、いっぱいあったはずなの。
     探し出そうかって思ってた、さっきまで。」
    「それで?」
    「でも、もういいって思った。そんな時間もったいないって。
     過去を掘り返す時間があるなら、もっとステキな事に使いたい。
     時間は取り戻す事ができないもの。」
    ママは安心した様に、穏やかな口調で言った。

    2006-06-27 23:54:00
  • 230:

    「ナツキ、あんたは他人だけど、他人じゃないのよ。
     お願いだから、もう心配させないでちょうだいよ。」
    「はい。」
    「また、連絡して。」
    「ママ。ごめんなさい。ありがとう。」
    ママは笑っていた。
    「素直すぎて気持ちが悪いわ。」

    2006-06-28 00:01:00
  • 231:

    電話を切った後、私は考えた。ずっと考えた。
    そしてたどり着いた答えに、私は二度と迷う事はなかった。

    2006-06-28 01:40:00
  • 232:

    スーツのまま、待ち合わせの場所に急いだ。
    僕は前回と同じカフェを指定した。
    開店間もない店内に、客は彼女一人だった。
    同じ窓際の席に佇んでいた。
    とても穏やかな表情で、彼女は窓の外を眺めていた。

    2006-06-28 01:57:00
  • 233:

    「お疲れ様。」
    僕に気が付き、彼女は微笑んだ。とても柔らかな微笑みだった。
    僕は椅子に座り彼女を真っ直ぐ見た。
    菜月さんは、ちゃんと、そこにいた。
    手を伸ばせば触れられる、僕のすぐ傍に、ちゃんと彼女はいた。

    2006-06-28 09:17:00
  • 234:

    今日彼女に会うまでの間、時々僕は彼女は本当に存在するのだろうかと、
    ただ漠然と不安に駆られて、やるせなくなった。
    何度も携帯の着信履歴や、メールボックスを開いた。
    彼女の残した足跡を集めて、彼女の存在を確認した。
    でも、今彼女を目の前にすると、そんな探索は無意味だと思った。

    2006-06-28 11:34:00
  • 235:

    菜月さんと僕は出会っている。
    それは誰にも覆す事のできない現実だ。
    そして今同じ時間を生きている。
    それ以上に何が分かっていればいいと言うのだろう。

    2006-06-28 13:07:00
  • 236:

    「俺と一緒に生きていって欲しい。」
    彼女は黙って僕を見つめた。
    「俺は菜月さんと一緒に生きて行きたい。
     菜月さんとどんな事も乗り越えて、生きて行きたい。」
    ただ彼女は、じっと僕を見つめている。
    「この世にあなたがいて、俺は本当に嬉しい。
     ・・・俺は、あなたが好きです。」

    2006-06-28 13:24:00
  • 237:

    彼女は泣いたような笑顔で言った。
    「ありがとう。私も達也君がいて、嬉しい。
     でも、私、今何て言っていいのか、わからないの。」
    「わからない?」
    「達也君に出会うまでに、色んな事があった。
     そして、その色んな事が、やっと解決した。吹っ切れる事が出来た。」

    2006-06-28 13:42:00
  • 238:

    彼女は、息を継いで続けた。
    「今まで私がしてきた事、気持ち、ずっと考えた。徹底的に考えた。
     それで、私は一人になるのが怖かったんだって、分かった。」
    「うん。」
    「みんな傍に居てくれたのに、その暖かさに気が付かなかった。
     でも、やっと自分は一人じゃないって、分かったの。」
    僕は彼女の手を握った。

    2006-06-28 14:00:00
  • 239:

    「でも、まだ怖いの。いつか失うんじゃないかって、怖いの。
     私は、みんなを、そして、あなたを失うのが怖い。」
    僕は手に力を込めた。
    「俺だって怖いよ。俺だけじゃない、みんな怖いと思う。
     大切だからこそ、失うのが怖いんじゃないかな・・・。」
    彼女は僕の手を握り返した。

    2006-06-28 14:29:00
  • 240:

    菜月からの別れは、予感はしていたけど、実際に言い出されると、
    想像していたよりも辛かった。
    いつも通り仕事を終えて電話をすると、今日は外で会って欲しいと告げられた。
    いつも従順で、自分の要望など何一つ口にしなかったあいつが、
    最初で最後に見せた、自分の意思表示だった。
    指定された場所に着くと、あいつは何の前置きもなく、
    「もう、こうやって会うのは辞めたい。」と言って来た。

    2006-06-28 21:00:00
  • 241:

    倉田さんにはとてもお世話になって感謝している。
    でも、やっぱり私はこんな不自然な関係をこの先続けて行くのはおかしいと思う。
    5年も続けてきてようやく自分の愚かさに気が付いたと言った。
    もっともな話だ。俺に引き止める権利などない。
    俺は家庭を壊すつもりはない。
    そんな俺があいつにしてやれるのは、彼女の意思を尊重してやる事しかないだろう。

    2006-06-28 21:13:00
  • 242:

    そして彼女は預金通帳と印鑑を差し出した。
    今まで俺が振り込んだ金だった。
    意味が分からず狼狽する俺に、あいつは言った。
    「私はあなたに買われていたんじゃない。」
    あいつにとって金は、俺の気持ちを量る一つの目安でしかなかった。
    そして金を受け取る事で、罪悪感を薄めていた。
    それは俺も同じだった。

    2006-06-28 21:22:00
  • 243:

    このお金を私が返す事で、あなたが受け取る事で、
    私達は自分のしてきた事の重さを受け入れなければいけない。
    私はそうする事で、自分の弱さを認めようと思う。
    あいつは毅然とした態度でそう言った。
    俺は返す言葉が見つからなかった。

    2006-06-28 21:29:00
  • 244:

    仕事にのめり込み、お互いに家庭を顧みなくなった。
    灯のない家に帰るのが苦痛だった。
    そんな時に俺はあいつを見つけた。
    一人で必死に生きているあいつが放っておけなかった。
    守ってやりたいと思った。
    でも、本当は反対だったのかも知れないな。

    2006-06-28 21:43:00
  • 245:

    「夕べあなたが帰ってから、ずっと考えていました。
     今までも、ずっと考えていました。
     でも、答が見つからないふりをしてきていた。認めるのが怖かった。」
    「・・・分かったよ。」
    あいつは、席を立った。
    「今まで、本当にありがとうございました。さようなら。」

    2006-06-28 21:51:00
  • 246:

    あいつは何時の間に、あんなに強くなったのだろう。
    俺にとって、あいつはいつまでも、出会った頃の二十歳のままだった。
    いや、むしろそのままでいて欲しかった。子離れできない父親の様に。
    でも、あいつは変化を求めていた。そして、それを手にした。
    俺達はもう二度と会うことはないだろう。

    2006-06-28 22:04:00
  • 247:

    ナツロウさんが旅先からハガキを送ってきてくれた。
    今回はアメリカからだった。
    俺は酒棚にそれをピンで留めた。
    出張のたびに、ナツロウさんはハガキをくれる。
    その土地の風景が写された絵ハガキだ。
    俺もそれを毎回楽しみにしていた。

    2006-06-28 22:30:00
  • 248:

    「那智、俺ホスト上がるよ。」
    あの日ナツロウさんは澱みのない口調で俺に言った。
    「マジっスか!?何でそんな急に・・・。」
    「うん、前働いてた会社から連絡があって、
     店をもう一軒出すから、戻って来ないか?って話をもらえたんだ。」
    「服屋っスか?」
    「そう。」
    ナツロウさんはとても幸せそうだった。

    2006-06-29 00:38:00
  • 249:

    「店にはほとんど立つ事はなくなるみたいだ。
     商品の買い付けがメインの仕事。出張が多くなりそうだけどな。」
    「すげぇじゃないっスか!・・・でも、俺寂しいっスよ。正直言って。
     それに、不安です。俺ナツロウさんに助けてもらってばっかで、
     ナツロウさんが居てくれたから、俺やっとお客さんも着いてくれて・・・。」
    ナツロウさんは、俺の肩に手を置いて笑った。

    2006-06-29 00:48:00
  • 250:

    「お前は大丈夫だよ。お前は俺より、もっといい仕事が出来るよ。
     お前の信念とか、優しさを大切にしていけば、
     お前はその内、ここのナンバーワンになるよ。大丈夫だ。」
    俺は涙が止まらなかった。
    「そんで、頑張って、夢を実現しろよ。お前が店を開くの楽しみにしてるから。」
    「はい!」
    涙でくしゃくしゃになった俺の顔を見て、ナツロウさんはまた笑った。
    「お前、ほんと泣き虫だな。」

    2006-06-29 00:57:00
  • 251:

    その一ヵ月後、ナツロウさんは仲間と、たくさんのお客さんに惜しまれながら、
    CLUB HILL を去っていった。
    最後のイベントは、とても盛大なものになった。
    置き場に困るくらいの花が届いた。
    その中には、あのレストランオーナーの名前もあった。
    咽び泣くお客、やけ酒するお客、泣き笑いのお客。
    たくさんのお客さんの中に、ナツキさんの姿がなかった。

    2006-06-29 01:11:00
  • 252:

    「ナツロウさん、今日ナツキさんは・・・。」
    珍しくすっかり出来上がったナツロウさんは、嬉しそうに言った。
    「ああ、菜月は店が終わったら迎えに来るよ。」
    「ああ・・・はぁっ!?」
    俺はあんなにニヤニヤした顔のナツロウさんを見た事がなかった。
    「那智、何だよその鳩が豆鉄砲食らったような顔は!」
    「え!?だって・・え!?」

    2006-06-29 01:20:00
  • 253:

    「ちゃんと改めて紹介するからな!・・・あ、コールじゃん!」
    そう言ってナツロウさんは、マイクを持つ一真さんに向かって突進していった。
    「おま!何すんだよ!!」
    「か〜ず〜ま〜さ〜ん!俺も混ぜてくださいよ〜!」
    「お前、酔っ払ったら性質わりぃなあ〜!初めて見たぞ!」
    一真さんは怒りながら笑ってた。皆笑ってた。

    2006-06-29 01:31:00
  • 254:

    営業が終了して、ナツロウさんはソファーに倒れていた。
    ナツキさんが、迎えに来た。
    そしてふらつきながらも、ナツロウさんは立ち上がり、俺たちに言った。
    「どうも今までお世話になりました。
     俺、これからこいつと一緒に頑張っていきます。
     ありがとうございました。」
    二人は頭を下げた。拍手が起きた。その中一真さんが口を開いた。

    2006-06-29 01:41:00
  • 255:

    「ナツロウ。」
    「はい。」
    「俺、またあいつと一緒に暮らす事になった。」
    ナツロウさんは、満面の笑顔になったかと思うと、泣き出した。
    「良かったです・・ほんと良かった・・・。」
    俺はその一日で、今まで知らなかったナツロウさんを、何度も見た。
    そして今までより、ナツロウさんが身近に思えた。

    2006-06-29 01:53:00
  • 256:

    二人は寄り添うようにして、店を出て行った。
    とても幸せそうだった。
    二人の後姿は、今でも鮮明に覚えている。
    それは俺にとって、幸せの象徴になった。

    2006-06-29 01:58:00
  • 257:

    その後俺は CLUB HILL のナンバーワンになった。
    入店して1年が経っていた。
    必死になって、ポジションを維持した。
    ライバルと抜きつ抜かれつの争いを続けて、あっという間に3年が過ぎて、
    俺はナツロウさんの時と同じくらい盛大に、最後の日を迎えた。
    そして遂に、念願の店を構える事が出来た。

    2006-06-29 02:11:00
  • 258:

    オープンの日、もちろん二人は一緒に来てくれた。
    カウンターに二人で並んで座り、同じものを注文した。
    「ミントジュレップ。」
    菜月さんは嬉しそうにそう言った。
    「なあ、店の名前、「N」って、どんな意味があるんだ?」
    ナツロウさんは、グラスを傾けながら聞いてきた。

    2006-06-29 02:22:00
  • 259:

    「ナツロウ、ナツキ、ナチの頭文字です。」
    そう答えた俺に、二人は顔を見合わせた後、
    「ありがとう。」
    と、微笑んだ。

    2006-06-29 02:28:00
  • 260:

    「一緒に生きて行きたいんだ。
     今傍に居られるって事だけが大切で、
     それが何より嬉しいんだ。」
    ナツロウさんは、いつかそう話していた。
    二人の出会いは、恋という言葉だけでは足りない、それだけでは語れない。
    俺もいつか巡り合えるのだろうか。

    2006-06-29 02:46:00
  • 261:

    ナツロウさんは、来週帰ってくると、ハガキに書いてあった。
    その時、相談してみよう。
    きっと、二人は笑って聞いてくれる。
    そんな事を想像しながら、俺は扉を開けた。
    今日も「bar・N」の一日が始まる。

    2006-06-29 02:56:00
  • 262:

    これで終了です。
    駄文で失礼しました。
    ありがとうございました。

    2006-06-29 02:58:00
  • 263:

    名無しさん

    2006-06-29 13:19:00
  • 264:

    >>269さん。ありがとうございます。

    2006-06-29 13:47:00
  • 265:

    名無しさん

    完結おめでとう?文章も丁寧ですごく心に響く言葉があったりよかったです?ただナツキとナツロウはどうしてお互い惹かれ合っていったのかな?そんな感情は言葉にできないものだけど、お互い秘めているものが大きいのに簡単にくっついてしまったように見えてその点だけ少し疑問に思いました。もう少し2人の心情がわかればよかったかなと思います?でも読みやすくてよかったです。お疲れ様?

    2006-06-29 23:06:00
  • 266:

    >>271さん。
    読んでいただいてありがとうございました。
    そして感想も頂けて、本当に嬉しいです。
    ご意見大切にさせて頂きます。
    また書く事がありましたら、頑張ります。
    本当にありがとうございました。

    2006-06-30 00:51:00
  • 267:

    名無しさん

    面白かった??心に響きました??書き方うまいですね??

    2006-07-17 03:53:00
  • 268:

    私もこんなに人の気持ちを考えれる人間だったらもっと幸せになれたかな…?今の自分ゎものすごく小さくて弱い人間です。こんな自分が大嫌い。あなたのこと今でも思い出す。そしてまた逢うことができるなら一言いいたい。ごめんねって。この小説をみさしてもらって素直な自分になりたいとおもいたぃ。言葉で伝えることは本当に難しい。簡単なことだと思うけど私にはできなかった。けど今なら素直になれる気がします。一緒にいてくれてありがとぅ。あなたのこと今でも大好きです。また逢う時ゎ笑顔で出会いたい

    2006-07-17 11:00:00
  • 269:

    >>273さん。
    読んで頂いてありがとうございました。
    小説書くのは初めてだったんで、そんな風に言っていただけて
    本当恐縮しちゃうんですが、正直に嬉しいです。
    本当にありがとうございました。

    2006-07-17 11:18:00
  • 270:

    優さん。
    読んで頂いてありがとうございました。
    優さんがもっと幸せに、笑顔でいらっしゃる事を願っています。
    本当にありがとうございました。

    暑い日が続いておりますが、みなさんどうぞご自愛下さいね。

    2006-07-17 11:37:00
  • 271:

    二人が出会った意味を探すために
    何度も小さな画面を開いてみた
    並んだ文字に理由を見つけて
    心の波を静めて 凪を取り戻す
    細く頼りない糸で結ばれて
    溜息ヒトツで飛ばされていく
    ちぎれた糸をそっと紡いで
    纏って今日も眠りにつく

    2006-12-05 23:45:00
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