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2:
「あぁ、ただいま。お疲れさん。」
おかしな会話に聞こえるかも知れないが、俺達はいつもこうだ。
仕事を終えて帰ってきたのは俺じゃない。
俺は何時間も前に家に帰ってきて、既にお寛ぎスタイルだ。
普通、仕事終わって、家に帰ってきたら、
「ただいま。」って言うだろ?
でも、ゆりは違う。
家に帰ってきて、俺の顔を見ると、「お帰り♪」って言うんだ。2006-06-30 21:44:00 -
3:
俺達は生活時間帯が、全く逆だ。
ゆりは、9:00〜17:00が拘束時間の、会社員。
OLさんってヤツだ。
俺の仕事は基本0:00から。
でも、終わるのは何時かなんて決まっていない。
状況によってまちまちだ。2006-06-30 21:48:00 -
4:
夜のお仕事。酒作って、飲んで、会話でお客様を楽しませる・・。
そうそう、ホストだよ。
「忙しかった〜?」
「・・・あぁ、そうだな・・。」
俺は携帯の画面を睨んだまま答える。
「お腹空いたでしょ?すぐご飯作るからね。」2006-06-30 21:51:00 -
5:
ゆりは、スーパーの袋から、魚や、野菜を取り出して料理を始める。
今日のメニューはなんだろう・・。
ゆりが食事を作る間、俺は客にメールを送ったり、
スタッフからの来客報告をまとめたり。
俺はフロアマネージャーと言う肩書きを頂いている。
役職だな。2006-06-30 21:55:00 -
6:
今の店に入店して・・・えっ〜と、あぁ、もう5年だな。
早いよな、時間が経つのって。
三流大学を出て、就職浪人。
これといってしたい事もなく、毎晩クラブに出入りしてはしゃいでいた。
ナンパもよくしたなあ。2006-06-30 21:59:00 -
7:
そんな毎日を過ごしていたある晩、
ナンパのあてが外れて、夜の街をフラフラしていた。ら、
「ねえ、君ホストしてみない?」
と、店の代表にスカウトされた。
仕事何もしていないし、タイクツだったから、
「やります。」
ってその場で即答した。
それに、何かかっこいいじゃん。ホストって。2006-06-30 22:04:00 -
8:
「出来たよ〜。」
メシが出来上がったみたいだ。
城メシ、焼き魚、ゴマ和え、肉じゃが、味噌汁。
これぞ和食って感じだよな。
ありがたく、頂きます。と。2006-06-30 22:08:00 -
9:
「今日ね〜、うちの課長がね〜、
ほら、おじさんってさ〜・・・。」
ゆりの会社ネタが始まった。
会社員になった事のない俺にはよく分からんが、
どうやら、その課長さんとやらが、ゆりの今のツボらしい。
・・・課長さんって、どのくらい偉いんだ?
まあ、とにかく「偉い人」なんだろう。
2006-06-30 22:19:00 -
10:
ゆりの話は、あっちこっちに飛び回る。
え?今その話、何か関係あるの?って、初めは戸惑った。
しかし、最終的には無事に元の位置に収まり、
話がちゃんと繋がっている。
・・・ある意味天才だよな。2006-06-30 22:24:00 -
11:
今日のゆりの、「課長さん」ネタは、要約するとこう言う事だった。
ゆりは、入社した時、先輩にこう言われたらしい。
「課長の後ろに立っちゃだめよ。下手すると大変な事になるから。」
何のことだろう?ゆりは入社以来ずっと疑問に思っていたらしい。
そして!今日、その謎が解けた。2006-06-30 23:19:00 -
12:
「今日ね、課長に付いて銀行回りしてね、
ほら、社用車なんて・・・」
えっと、ゆりは課長さんと地下鉄に乗ったらしい。
地下鉄は、車両がホームに入ると、風が吹くだろ?
ゆりは先輩の助言を忘れて、「課長さん」の後ろに立っていたらしい。
2006-06-30 23:24:00 -
13:
「あ!いけない!」
そう思った瞬間、足元から風が吹き上げて・・・
「課長、カゲムシャみたいになったの!」
・・・カゲムシャ・・・?何の事だ?
ポカンとしている俺に、ゆりはその時の状況を夢中で説明する。2006-07-01 12:52:00 -
14:
課長さんの髪が風で乱れ、短髪がロン毛になったらしい。
襟足だけが、めちゃくちゃ長いロン毛。
頭頂部は不毛地帯だった・・・。
・・・お前・・・それ・・・
落ち武者だろ・・・。2006-07-01 12:57:00 -
15:
その後の課長さんの対処は素早く、
一瞬にして、片手で髪を定位置に戻したそうだ。
「鏡も見ないで、セットできるんだねえ〜。課長すごいよねえ〜♪」
その後の課長さんのお気持ちお察しするよ。
同じ男として、人事じゃねえ・・・。
俺は鏡に映った自分の生え際に、チラリと目をやった。2006-07-01 13:07:00 -
16:
食事中、ゆりは一人でしゃべり続ける。
俺はそれを、テレビを見るような気持ちで聞いている。
仕事中俺はしゃべりっぱなしだから、
家に帰ってきて、この状況はとても楽だ。
「寝るよ。」2006-07-01 13:20:00 -
17:
「あ、うん。おやすみ♪」
メシが終わると、俺は即爆睡に入る。
俺が寝てる間に、ゆりは洗濯、アイロン。
家事は一切、ゆりがこなす。
俺が起きると、シャツにはしっかりとアイロンが掛けられ、
テーブルには夜食が置いてある。
脱衣所の洗濯物は靴下一枚も残っていない。2006-07-01 16:33:00 -
18:
よく出来た女だよな・・・。
俺はめちゃくちゃ感謝してたよ。
でも、そんな毎日が当たり前だと思ってたんだな。
例えて言うなら、朝になったら太陽が昇るように、
夏になったら、ヒマワリが咲くみたいに、
不変的に繰り返していくものだと思ってた。
ずっとこのままで居られるんだと思ってたよ。2006-07-01 16:56:00 -
19:
「一真さん、おはようございます。」
事務所でパソコンいじってると、スタッフのナツロウが入ってきた。
「あぁ、おはようさん。」
「一真さんいつも出勤早いですよね。・・・あ、飲みます?」
ナツロウはお茶を淹れ始める。
「あぁ、頼むよ。お前も今日早いじゃないか。」
「ええ、早く起きちゃったんで・・・。」2006-07-01 17:23:00 -
20:
ナツロウはカップをデスクに置いた。
「お、サンキュ。」
「いえ。」
ナツロウは俺の隣のデスクの椅子に腰掛けてお茶を啜っている。
「なあ、お前今月ナンバーやばいぞ。」
俺はディスプレイから顔を上げてナツロウを見た。2006-07-01 19:21:00 -
21:
ナツロウはお茶を飲み込むとにかっと笑った。
「ええ、難しいですね。」
「おいおい、他人事みたいな事言うなよ。
どうした?いつも10位以内に必ず入ってんだろ。」
ナツロウはお茶を飲みながら何か考えている風だった。2006-07-01 19:27:00 -
22:
「客単価が大きければ、ナンバー入れるんでしょうけど、
それだけ目的にお客を煽ってもね・・・。
長く続かないでしょ?」
「まあ、それはそうだけどな。」
「自分のやり方で最善を尽くして出た結果ですから。」
ナツロウは椅子の上で軽く伸びをした。2006-07-01 19:42:00 -
23:
こいつはいつもマイペースだ。
闘争心って物があまりないんだろうな。
そのゆるりとした感じが、俺には心地よくて、
こいつにはついつい何でも話したくなる。
これがきっとナツロウの魅力なんだろうな。2006-07-01 19:47:00 -
24:
しかし、まあ、こいつの場合客数は結構なもんだ。
煽らず、色使わずでここまで売れてんだから、すげえよな。
「一真さんは今月も入りそうなんでしょ?」
「まあ、なんとかな。・・・お、そろそろだな。」
開店の時間になった。2006-07-01 20:54:00 -
25:
開店直後の店内は、まだのんびりしている。
数時間後には満席だけどな。
「いっらっしゃいませ!」
新規客が来店。俺は席に案内する。
料金システムを説明し、担当決めの為に、アルバムを渡す。
「気になるスタッフは、何人でも構いませんので、
遠慮なく仰って下さい。お席まで参りますので。
最終的に担当を一人決めていただく事になります。」2006-07-01 23:44:00 -
26:
今までに何千回と繰り返した台詞。
最初はかみまくってたけど、今じゃ流暢なもんだ。
お客は目を輝かせてアルバムに見入る。
アルバムって言うか、カタログ?メニューだよな。
俺達の顔写真、簡単なプロフィールが載せてある。
ドリンクやフードのメニューと同じようなもんだ。
俺達はここの商品だからな。2006-07-02 00:02:00 -
27:
昔でこそ、勢いでお客に色かけたり、煽ったりもあったけど、
25歳くらいになって、「俺、何やってんだ?」って、
気恥ずかしくなってな。
少しずつ軌道修正して、今のキャラクターに落ち着いた。
お客の入れ替わりはあったけど、無理なく仕事が出来るようになったよ。2006-07-02 17:24:00 -
28:
そうするには結構な努力も必要だったけどな。
ただ甘い言葉と、笑えるだけの話だけじゃ、成り立たないと思ったからな。
自分自身の幅を広げようと思った。
歳相応の接客ができなきゃと、自分を律したよ。
まあ、それでも今もシャンパンコールになると、はしゃいじゃうけどな。2006-07-02 17:38:00 -
29:
役職の肩書きも頂いて、フロアー全体に目を配り、
新人の教育にも力を入れなきゃならんくなった。
自分の営業成績だけ考えてる訳にもいかんしな。
そろそろ若いもんに、道を譲らにゃならん時期なんだろう。
それでも、ナンバー入りしてる俺を、
俺は自分で褒めてんだけどな。自画自賛。
2006-07-02 17:50:00 -
30:
「ねえ、一真、あのヘルプ感じは悪くないけど、
全然喋らないのよね。」
3年来の馴染み客が俺にこぼした。
「そりゃ悪い事したな。ごめんな。」
「ううん、いいんだけどさ、礼儀正しいし、見た目も悪くないじゃん?
素材いいのにもったいないよ。」2006-07-02 18:12:00 -
31:
お客のこう言ったストレートな意見は、俺にとって非常にありがたい。
なんだかんだ言って、新人に目が届かない時は、多々あるからな。
それにお客の意見はシビアだ。
あまりにややこしい事を言われると、聞き流す事もあるが、
大抵はありがたく心に留める。2006-07-02 18:22:00 -
32:
今回駄目だしをくらった新人君は、
入店3ヶ月目の那智だ。
お客が言う様に、礼儀正しいし、テーブルマナーも会得して、
無愛想な訳でもない。ルックスもいい。
ただ、しゃべれない。
この間、ナツロウとも話してたんだけどな。2006-07-02 18:33:00 -
33:
ナツロウからもアドバイスを受け、那智はそれを実践しているらしい。
普段から、無口な訳でもないらしい。
で、二人の予想は、羞恥心が邪魔するんじゃないか?って事だった。
さて、どうしたものか。
とりあえず、「帰りヒマ?」と、那智を営業終了後、メシに誘った。2006-07-02 18:40:00 -
34:
「お疲れさん。」「お疲れ様です。」
行き付けの飯屋に入り、ビールで乾杯した。
那智は向かい側で、背筋を正して座っている。
説教食らうと、身構えてんだろうな。
「お前もっとリラックスしろよ。俺まで緊張しちゃうよ。」
「はい、すいません。」2006-07-02 18:54:00 -
36:
「へえ、また何でホストに?」
俺の質問に、那智は躊躇いがちに口を開いた。
「金、貯めたかったんス。・・・自分の店開く資金の為に。」
へえ・・・。俺は本心から感心した。
「お前、ちゃんと目標持ってんだな。」
「あ、そんな甘いもんじゃないって、分かってんスけど・・・。」2006-07-03 22:46:00 -
37:
「いや、俺がお前の歳の頃は、全然将来のビジョンなんてなかったよ。」
那智は俺のグラスにビールを注ぐ。
「そうっスか?」
「うん。な〜んも考えないで、だらだら大学行ってたよ。
別に、夢ってもんもなかったなあ。」
俺は那智のグラスに、ビールを注ぎ返してやった。
「あ、ありがとうございます。」2006-07-03 22:52:00 -
38:
こいつすげえ輝いてるよ。眩しいよな。
「酒の勉強はしてるのか?」
「はい!今も休みの日は色んなバーに行きますし、
家でも、カクテルの研究してますね。ツレに飲んでもらったり。」
「今度さ、店で俺にも何か作ってくれよ。
そんで、酒の事皆にも色々教えてやってくれ。」
「はい!」2006-07-03 23:05:00 -
39:
「それとさ、今みたいに楽しそうに、
店でもお客さんに話してみろよ。」
那智の動きが止まった。
「・・・そうっスよね・・。」
「俺の客がな、お前の事褒めてたよ。いい仕事が出来るはずだって。」
「・・・そうっスか?」2006-07-03 23:09:00 -
40:
あ〜あ〜、すっかり凹んでやがる。
「実際俺もそう思うし、ナツロウも同じ気持ちだぞ。」
「はい・・・。あの・・・。」
「うん?何だ?」
「俺の話なんて、おもしろいって思ってもらえますかね?」
何と!やっぱそうか・・・。2006-07-03 23:12:00 -
41:
俺は出来るだけ穏やかな口調で話した。
「あのな、お前がどう思われるか、じゃなくて、
どうしたら、お客さんが楽しんでくれるかって考えろよ。」
那智はまた、背筋を伸ばして、真っ直ぐ俺を見る。
「こいつおもしろくない、って思われたら格好悪いとか思うなよ。
格好悪くてもいいじゃねえか。
一所懸命お客さんに楽しんでもらおうと頑張ってる方が
俺は、全然格好いいと思うぞ。話が滑ってもいいじゃねえか。」2006-07-03 23:25:00 -
42:
「それにな、俺は今お前の話し聞いてて、すげえおもしろかったぞ。
なんかさ、気持ちが熱くなったよ。
それはさ、きっとお前が好きなこと、楽しそうに話してるからだと思うぞ。」
「はい。」
「まずさ、お客さんと話すって事を楽しんでみろよ。好きになれよ。
怖がらなくていいんだよ。俺達もフォローするじゃねえかよ。」
「はい。」2006-07-03 23:38:00 -
43:
「お前さ、場の空気もよく読めてると思うよ。
それは、バーテンダーにも必要な事だろうしな。
身に付いてるって思うしな。後は、少しの勇気だよ。」
那智は目を潤ませる。おいおい、俺が苛めてるみたいじゃねえか。
「ありがとうございます!俺、頑張ります!」
・・・声がでかいよ・・・。でも、いい返事だ。2006-07-03 23:43:00 -
44:
那智と飯屋の前で別れ、俺はマンションに帰ってきた。
スーツを脱ぐと、スウェットに着替え一先ず眠る。
数時間眠ると、ゆりが帰ってくる少し前に一度起きる。
仕事を片付けながら、ゆりの帰りを待つ。
一緒に暮らし始めて、一年が経つが、
いつの間にか、こんな生活サイクルになっていた。2006-07-05 18:51:00 -
45:
ゆりとであったのは2年くらい前だな。
その頃あいつはまだ大学生で、本屋でバイトしていた。
ある日俺は読みたい小説を探して、その本屋に入った。
文庫本コーナーをくまなく探したが、どうも見当たらない。
近くにいた店員に聞いてみる事にした。
「あの〜。」2006-07-05 19:01:00 -
46:
「はい!何かお探しですか!?」
やけに明るい店員だった。少し面食らうほどだったよ。
「えっとですね、道頓堀川っていう小説を探してるんですが・・。」
俺の言葉に店員の笑顔は、更に輝いた。
「ああ!宮本輝さんの小説ですね!あれすっごくおもしろいですよね!!」
いやいや、俺まだ読んだ事ないんだって。2006-07-05 19:09:00 -
47:
店員は嬉しそうに書棚を探しながら、話し続けた。
「道頓堀川はね、映画にもなりましたよね〜。
あ、私は残念ながらまだ観た事ないんですけどね〜。」
そうなんだ・・・。
「後ね、幻の光っていう小説もね、あ、宮本さんのですけどね、」
宮本さんって・・・知り合いかよ。
「あれも、映画になりましたね〜。・・・。」2006-07-05 19:57:00 -
48:
おいおい、何だ?急に黙り込んだぞ・・・。
「すいません!お客様!」
「え?」
眉毛を八の字にして、店員は俺に向き直った。
「探したんですけど、どうも品切れみたいなんです・・・。」
ああ、何だ、それだけかよ。大げさだな・・・。2006-07-05 20:01:00 -
49:
「お時間おありでしたら、カウンターまで来て頂けますか?
お取り寄せしますので・・・。」
いやいや、本屋は他にもあるしな。
「いやあ・・・そうですねえ・・・。」
「ほんとおもしろいんですよ!
登場人物達の孤独や葛藤が美しく描かれてるんです!」2006-07-05 20:11:00 -
50:
何だこの子・・・。そう思った瞬間俺は笑い出していた。
「あの・・・。」
俺はうんうんと頷いて、カウンターを指差した。
「是非読みたくなったよ。取り寄せてもらおうかな。」
店員はパッと表情を明るくさせて、
「ありがとうございます!」
と、俺をレジカウンターに誘導した。2006-07-05 20:17:00 -
51:
俺は注文書に名前と電話番号を書いて、店員に渡した。
「ありがとうございます。恐らく3日ほどで入荷いたしますので、
入り次第すぐにご連絡差し上げますね。」
店員は控え書を綺麗に折りたたんで俺に渡した。
その時名札に目が行った。「北山」が彼女の名前だった。
「じゃあ、頼んだよ。北山さん。」
「え?あ、はい!ありがとうございました!」
俺は北山さんに見送られて本屋を後にした。2006-07-05 20:24:00 -
52:
ちょうど3日後に、俺の携帯にメッセージが入っていた。
「OO書店です。先日はご来店ありがとうございました。
ご注文の本が入荷致しましたので、ご連絡差し上げました。
お待ちしております。」
北山さんの声だった。
俺はなぜかメッセージを何度も繰り返して聞いた。
・・・何やってんだ?俺。2006-07-05 21:25:00 -
53:
仕事が終わると、俺はその足で北山さんの本屋へ向かった。
店内に入ると、北山さんの姿はなく、
カウンターにはおっさんが一人いた。
「すいません、これ・・・。」
と、俺は控え書を差し出した。
「ぇえ〜っと・・・。あ、はい、ありがとうございます。」2006-07-05 21:54:00 -
54:
おっさんはカウンターの背後にある棚から、注文した本を出した。
「はい、こちらですね。」
「はい。・・・あの・・・。」
おっさんはレジから顔を上げて、俺を見た。
「はい。何でしょう?」
「今日は北山さんはお休みですか?」2006-07-05 21:58:00 -
55:
おっさんは何故か、心強い微笑で
「今日は北山は休みですよ。」
と答えた。
「ああ・・・。」
「彼女は土日祝日しか出勤してきませんよ。」
「そうですか。」2006-07-05 22:03:00 -
56:
「あ、それと夕方から来る時もありますね。たまにですけどね。」
「あ・・・分かりました。どうも。」
俺は会計をして外に出た。
家に帰ってすぐに、本を読みふけった。
確かに北山さんの言うように、おもしろい小説だった。
俺は小説の世界に吸い込まれていた。2006-07-05 22:29:00 -
57:
道頓堀川を読み終えて、俺は北山さんの言う、
「美しい孤独と葛藤」
の意味が分かったような気がした。
登場人物達は、それぞれに影を引きずりながらも、
光を求めて、あがき、純粋に生きている様に俺は思った。
そして、俺はその事を、北山さんに伝えたくなった。2006-07-06 16:10:00 -
58:
「一真さん、何読んでるんですか?」
ナツロウが横から覗き込んだ。
「うわっ!お前脅かすなよ!」
事務所のデスクで、本に没頭していて、
ナツロウが入ってきた事にも気が付かなかった。
「それ、何の本ですか?」2006-07-06 19:19:00 -
59:
俺は、本を閉じると表紙を見せた。
「・・・幻の光?ああ。」
「ああって、お前知ってんのか?」
ナツロウは受信したメールを確認しながら答えた。
「読んだ事はないですけどね。映画は観ましたよ。」
素早い指技でナツロウは返信を終えると、携帯をポケットに仕舞った。
「へえ。映画どうだった?」2006-07-06 19:26:00 -
60:
少し難しい顔をして、ナツロウは言葉を探していた。
「う〜ん・・・静かな映画でしたね。
映像が綺麗だった事しか覚えてないんですよ。」
ストーリー関係ないじゃねえかよ。
「あまり面白くなかってことか?」
ナツロウは苦笑いすると、首を縦に振った。2006-07-06 19:33:00 -
61:
「でもね、主人公の女が、辛い過去を受け入れて、
それでもその過去と共に生きていく姿は良かったですね。」
「・・・そうか。」
「原作と映画は少し違うかも知れないですけどね。」
そう言ってナツロウは事務所を出て行った。
ナツロウの感想を踏まえて読んでみるとするか。
2006-07-06 19:40:00 -
62:
「あ、いらっしゃいませ!」
北山さんは、俺の顔を見るなり笑って挨拶した。
「幻の光はもう読み終わられましたか?」
「うん。」
あれから俺は日曜日のたびに、この本屋へ通う様になった。
そして少しだけ北山さんと立ち話をした。
そうしていく内にだ、俺は彼女ともっとゆっくり話がしたくなったんだよ。2006-07-06 21:28:00 -
63:
「北山さん、バイト何時まで?」
「え?今日は6時までですけど・・・。」
彼女は俺が今日選んだ文庫本にカバーを掛ながら、不思議そうな顔をした。
「良かったら、終わったら食事にでも・・・。」
俺は声のトーンを落としてそう言うと、メモを渡した。
メモを準備してるあたりが、かわいいよな、俺。2006-07-06 21:35:00 -
64:
照れくさくなって俺は、本を掴むと、さっさと店を出た。
北山さんの表情を確認する余裕もなかったな。
メモには俺のアドレスと番号が書いてあった。
連絡もらえるか分からんが、俺はとりあえず喫茶店に入って、待機する事にした。
時間は4時30分だった。本を読んでりゃすぐに6時になるだろう。2006-07-06 21:39:00 -
65:
ところが待ってる時間って、長く感じるもんだな。
俺は本よりも、時計が気になって仕方なかった。
文章に集中出来なくて、5分おき位に時間を確認したよ。
やけにソワソワして、傍から見りゃ、挙動不審者だ。
「頼む!かかって来い!」
携帯様に拝みたくなったよ。2006-07-06 21:48:00 -
66:
6:45。携帯様が光を放つ。
見知らぬ番号。多分北山さんだ。
「はい!」
「あの・・・北山ですけど。」
来たっ!俺は心の中で拳を握り締める。
「はい。えっと今どこにいる?」2006-07-07 18:56:00 -
67:
「バイト先を出たとこなんですけど、
せっかくですけど、私家に帰らなきゃいけなくて。」
俺は落胆を押し殺して、つとめて明るく振舞った。
「そうかあ〜。残念だな〜。」
「ごめんなさい。」
北山さんは申し訳なさそうに謝った。2006-07-07 19:05:00 -
68:
「いやいや、急に誘って悪かったよ。
そしたら、今度時間ある時に食事に行かないか?」
電話口から戸惑う北山さんの様子が伺えた。
「え・・・あの・・・。」
ここで引いちゃ、男がすたる。俺はここ一番押してみる事にした。
「俺さ、北山さんから、色々面白い本を教えてもらいたいんだよ。
俺の感想とか、聞いてもらいたいしさ。要するに・・・。」2006-07-07 19:10:00 -
69:
俺は一旦息を継いで続けた。
「俺は北山さんともっと話がしたいんだよ。
駄目かな?」
北山さんは少し警戒心を解いた様だった。
「はい。分かりました。ありがとうございます。」
俺はメールを送ってもらうように頼んだ。
そして、近いうちに会おうという事になった。
頑張ったよな。俺。2006-07-07 19:15:00 -
70:
しかしだ。俺にはどうしても言い出せない一言があったんだよな。
それは仕事の事だよ。
「俺、ホストなんだよ。」
この一言だけが喉の奥に詰まって言葉にできなかったんだよ。
夜の仕事だとは言ってあったが、詳しくは話していなかった。
彼女の反応が怖かったんだよな。俺って小心者だよな。2006-07-17 22:32:00 -
71:
なんかさ、ホストっていう職業に苦手意識を持ってる人って多いじゃないか。
女を騙して・・・とかさ。
でも、俺はこの仕事、プライドもってやってるつもりだよ。
どんな形であれ、真剣に打ち込んでれば、胸張っていいんだよな。
俺なりに葛藤してた訳だ。2006-07-17 22:44:00 -
72:
メール、電話を繰り返して半月。
ようやく北山さんと食事に行く約束に漕ぎ着けた。
俺は決心した。
その日が勝負だ。
引かれてもいいから、俺の仕事を明かそう。
なんかさ、フェアじゃないじゃないか。
2006-07-17 22:53:00 -
73:
世の中には「嘘も方便」っていう言葉もあるように、
ついておいたほうがいい嘘もあるらしい。
それは多分相手の為の嘘なんだろうな。
でも、おれの仕事に関してはその定義には全く当てはまらないよな。
それっきりになっても構わないから、
ちゃんと「俺」を知ってもらおう。
それが、俺の誠意の見せ方だ。2006-07-17 23:01:00 -
74:
「一真さん、すいません。ちょっと。」
ナツロウがキャッシャーの前で俺を呼び止めた。
お客がさっき外に出て行った。
そういえば、さっきそのお客の卓が、何だか尋常じゃない雰囲気だったな。
「どうした?ナツロウ。」
ナツロウは平静を装っていたが、表情が強張っていた。2006-07-17 23:46:00 -
75:
「すいませんけど、5番卓、未収にしておいてもらえますか?」
伝票を確認すると、かなりの金額になっていた。
「大丈夫か?」
ナツロウは少し表情を曇らせた。
「はい。もしもの時は、ちゃんと俺が責任持ちますんで。」
「分かった。」
ナツロウは「すいません。」と頭を下げると、外に出て行った。2006-07-17 23:51:00 -
76:
ひと悶着ありそうだな・・・。
ナツロウはお客の愚痴を漏らすことはほとんどないが、
あのお客に関しては、最近ぽつりとこぼした事があった。
「すごく、悪い予感がするんですよ。」って。
とりあえず、今のところナツロウのお客はいないから、
様子を見る事にしよう。
しかし、俺はあいつが戻ってくるまで、気が気じゃなかったよ。2006-07-18 22:35:00 -
77:
1時間近く経っただろうか?
さすがにまずいと思い、俺が外に出ようかと扉を開けると、
赤い目をしたナツロウが立っていた。
「おい・・・お前・・・。」
「すみません。長い時間・・・。」
人目に付かないように、俺はバックヤードにナツロウを連れて行った。2006-07-20 00:30:00 -
78:
「大丈夫かよ?」
「ほんとすみません。あの・・・、
携帯を取りに来たお客さんが、店前で待ってるんで・・。」
俺は事務所に置いてある、忘れ物を思い出した。
「ああ、お前のお客のやつだな。
俺が渡してくるから、お前ここで待ってろ。」
「すいません。お願いします。よろしく伝えておいて下さい。」
「ああ、分かったよ。」2006-07-20 00:37:00 -
79:
バックヤードに戻ると、ナツロウは姿勢を正して俺に頭を下げた。
「一真さん、ご迷惑おかけして申し訳ありませんでした。」
「大丈夫なのか?」
「はい、未収が回収できなければ、俺・・・」
俺はナツロウの肩を掴んだ。
「そんな事じゃねえよ、お前の気持ちの事言ってんだ。」2006-07-20 00:45:00 -
80:
俺の言葉にナツロウは笑って答えた。
「大丈夫です。ありがとうございます。」
「吐き出したい事があるなら、いくらでも聞くよ。
溜め込むんじゃねえぞ。」
「はい。ありがとございます。」
「よし。じゃあ、顔洗って来い!」
「はい!」2006-07-20 00:51:00 -
81:
その後ナツロウは何事もなかった様に、いつもと変わらない様子で接客を続けていた。
あいつは多分泣いたんだろうな。
営業終了後に、俺はあいつを食事に誘った。
あいつは微笑んで「是非。」と答えた。
何で笑っていられるんだろうな。2006-07-25 21:54:00 -
82:
「で、何があったんだ?」
俺が単刀直入に切り出すと、ナツロウは少し黙った。
「興味本位とか、そんなんで聞いてんじゃないからな。それは分かってるだろ?」
「それは、もちろん分かってます。」
「俺は、一応役職だ。トラブルに関しては把握しておきたいからな。」
ビールにも手を付けず、俺達は話し込んだ。2006-07-25 22:00:00 -
83:
ナツロウの話は、直引きを客から申し出られたとの事だった。
要するにツバメだな。
ナツロウがはっきりと断ると、そのお客はキレたらしい。
「一真さん、俺達は金をもらえれば、
何でも仰せのままに・・・って思われるんですよね。」
ナツロウは目を伏せて呟いた。初めて見るあいつの表情だった。2006-07-25 22:06:00 -
84:
「そんな風に思われてしまうのは、仕方ないことだよ。
お前もそれくらいのリスクは覚悟で、ホストになったんだろ?」
俺はぬるくなったビールを飲み干した。
「お前がそんな事が出来ない奴だって俺は分かってるよ。
普段からガツガツしてないしな。
そんなお前が良いって客はたくさんいるよ。」2006-07-27 15:24:00 -
85:
ナツロウは俺のグラスにビールを注ぐと口を開いた。
「リスクは覚悟していました。
でも、やっぱそれをぶつけられると、きついですね。」
ナツロウは苦笑いした。
「まあ、綺麗事だけで通る世界じゃないからな。
金が欲しいのは本当だしな。」2006-07-27 15:31:00 -
86:
「なあ、今一番何が心に引っ掛かってるんだ?」
ナツロウは首を傾げて、少し考えた。
「・・・それがね、特にないんですよ。
バンスを被る事も、あの客が切れる事も、怖くはないですね。」
「まあ、金はこれから働きゃ、どうにでもなるしな。
じゃあさ、潰しとかは不安じゃないのか?」
2006-07-27 15:39:00 -
87:
ナツロウは大きく笑った。
「ああ、それがありましたね。」
「怖いからなあ、俺も他人事じゃないからな。」
ナツロウはようやくビールに口を付けた。
「例えば、掲示板の書き込み?ですか?
それも覚悟しとかなきゃいけないでしょうね。」2006-07-27 15:45:00