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「無名の兄」が明かす 弟・田村正和との「帰らざる日々」(現代ビジネス)

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日本のアラン・ドロンとも呼ばれた男は、徹底的にプライベートを隠してきた。名優・阪妻の元に生まれ、一体どんな幼少期を過ごし、いかにして役者を志したのか。家族だけが知る「素顔」に迫った。発売中の『週刊現代』が特集する。
【写真】イチロー、明石家さんま、中森明菜…「古畑任三郎」を支えた最強のゲスト 「私は弟のことを『マサちゃん』と呼び、彼は私のことを『トシちゃん』と呼んでいました。半年ほど前に連絡したときは、普通に元気そうだったんです。
まだ役者を続けるものだと思っていましたから『適度に身体は動かしたほうがいいよ』と話をしました。
すると『トシちゃんこそ、こういう時期(コロナ禍)だから気をつけて』と体調を気遣ってくれた。だから、まさか私より先に逝くなんて思ってもいませんでした……。
正和が亡くなった日(4月3日)の夜、正和の家族から連絡をもらいました。最期の瞬間に立ち会えなかったのは残念だったけど、苦しまずに穏やかに眠るように旅立ったと聞き、弟ながら見事な人生だったなと思っています」
こう胸の内を明かすのは、俳優・田村正和さん(享年77)の次兄にあたる田村俊磨さん(82歳)だ。
田村家は正和さんに加えて、長兄の高廣さん('06年逝去・享年77)、末っ子の亮さん(75歳・本名は幸照)も俳優として芸能界で活躍。「田村3兄弟」として一世を風靡した。
そのため実は田村家は「4人兄弟」で、正和さんは三男だったことはあまり知られていない。もう一人「無名の兄」がいたのだ。
父は「阪妻」こと昭和の大スター・阪東妻三郎。父の死後、4兄弟のうち3人は芸の世界へと進んだが、次兄の俊磨さんだけは違った。
俊磨さん曰く「俳優にはまったく興味がなく、むしろ父とは違う道を歩きたいという気持ちが強かった」とのこと。
慶應義塾大学経済学部に進学後、一般企業に就職。その後、正和さんらのマネジャーを3年ほど手伝ったのち、災害防護用資材(土のうやロープなど)を扱う会社を自ら興し、社長を務めていた(現在は引退)。
俳優一家の一員でありながら、異色の経歴を持つ俊磨さん。その兄だけが知る、弟・田村正和との二度と帰らざる日々を本誌だけに明かした。
「私より10歳上だった長兄の高廣が自然とまとめ役になり、兄弟の仲は良かったですよ。大人になってからも、4人で父の墓参りに行ったり、食事をしたりしてね。
正和は役のイメージが崩れるので、食べる姿を見られたくないと俳優仲間とは食事にも行かなかったようですが、兄弟の前では普段通りに食べていましたよ。
常に俳優・田村正和を演じ続けることに本人も苦しい部分があったんじゃないかな。我々兄弟の前だと、昔のままの正和に戻っていた」
芸能界の中でも、正和さんほど役者としてのイメージを徹底的に守り、素顔を見せなかった俳優は他にいない。
撮影中、正和さんがトイレに行くと、他の人が入ってこないようにマネジャーが入り口に立って見張っていたのは有名な話だ。
プライベートでは'70年、27歳のときに、2歳年上で銀座の一流テーラー「ヤジマ」の社長令嬢だった和枝さんと結婚。一女をもうけるも、私生活は厚いベールに包まれたままだった。
提供元:Yahooニュース

