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眞子さまと小室圭さんで再注目 皇族の自由恋愛が始まったのはいつから?(日刊ゲンダイDIGITAL)

 眞子さまが小室さんに出会ったのは、国際基督教大学(ICU)が交換留学生のために行った説明会だった。小室さんのすぐうしろに眞子さまが座ったのがきっかけだったという。ここから眞子さまの恋が始まったわけだが、皇族が一般人と恋愛をするようになったのはいつ頃からだろうか。

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 戦前、皇族が一般人と恋愛した話は聞かない。恋愛はあったかもしれないが、少なくとも結婚には至らなかったはずだ。なぜなら、旧皇室典範によって、眞子さまのような内親王が嫁ぐのは、同じ皇族か天皇が特別に認めた華族だけで、それ以外は認められていなかったからである。ちなみに「天皇が特別に認めた華族」というのは、旧公家や旧武家の上流階層が出自の華族であって、明治維新で新しく華族に列せられた新参者は対象外ということ。実際、明治天皇の后は一条家で、大正天皇は九条家、昭和天皇の良子妃は久邇宮といったようにすべて旧公家の出である。こうした家の女子から慎重に選んだあと、お見合いをして結婚という流れで決まった。

 一方、眞子さまのような内親王はといえば、戦前は明治天皇の内親王4人と昭和天皇の長女の照宮内親王は東久邇家にと、すべて皇族に嫁いでいる。

 華族のための学校である学習院が創立されると、続いて華族女学校(のちの学習院女子部)が開校したが、この学校は皇太子の妃を選ぶ花嫁学校を兼ねていた。当然、学校側には生徒の家柄をはじめ、学力、性格、健康状態といったあらゆる個人情報が集まるはずで、そこから最も優れた女子を妃に選ぼうとしたのだろう。なぜなら一世代でも相手を間違ったら、その影響は末代まで及ぶからだ。

 たとえば、昭和天皇の妃に内定していた良子女王の家系に色覚異常の人物がいるとして、元老の山県有朋らが婚約に大反対した。「宮中某重大事件」として騒がれたが、婚約内定に変更がないことが発表されると、山県らは失脚している。

 皇族の結婚は、時には政治問題になりかねず、それゆえに十分な身辺調査をしたうえで選ばれた。というよりも、戦前の結婚は、個人より家と家が結ばれることだから、そこに恋愛が入る余地はなかったのである。当時の上流階級にとって、恋愛結婚は犬畜生のすることらしいから当然だろう。

 皇族の結婚が「恋愛」と結びつけて語られるようになったのは戦後のことだ。

 昭和天皇三女の孝宮さまと四女の順宮さまが、戦後まもなく嫁がれたが、当時は「平民サラリーマン」に嫁がれたことや、「自由意思で結ばれた」などとメディアで強調されたものだ。

 しかし、平民といっても、孝宮さまのお相手は五摂家・鷹司家の長男であり、順宮さまは旧岡山藩主の長男だから普通の平民とは違う。それに恋愛といっても実際は見合いだから「作られた恋愛」である。その時代が恋愛結婚を理想としていたのだろう。

 だからこそ、その数年後(1959年)に行われた皇太子明仁親王と正田美智子さんの結婚が「世紀の慶事」として日本中が沸いたのである。

提供元:Yahooニュース
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