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樹木希林さん「泥中の蓮」の一生涯 彼女は「別れない妻」たちの希望の星(池内ひろ美)(日刊ゲンダイDIGITAL)

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【芸能界「男と女のラブゲーム」の末路】#9 樹木希林
樹木希林さんが亡くなって1年も経たないうちに夫・内田裕也さんが亡くなり、おふたりの葬儀の斬新さや縁の深さが話題でした。青山葬儀所で開かれた裕也さんのロックンロール葬には私も参列させていただきました。
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1973年に結婚した後、ロックな内田裕也さんは一方的に離婚届を提出しますが、希林さんは離婚を認めず離婚無効の訴えを起こし勝訴しています。裁判が決着した後も裕也さんは別居婚を続け、娘の也哉子さんと一緒に過ごした時間は合計しても数週間ほどだったそうです。次々と入れ替わる裕也さんの恋人たちに感謝していたという希林さんがありながら、裕也さんはときに女性とトラブルを起こし、暴力事件などが起こっても離婚することなくおふたりは生涯を終えられました。
そんな夫婦を見ていて思い出されるのは、吉行淳之介さんと一緒に「ねむの木学園」を設立した宮城まり子さんです。宮城さんは吉行さんと35年間一緒に暮らした“公然の妻”でありながら、正妻との離婚が成立しないために“内縁の妻”として人生を送り、吉行さんの臨終の病室には「正妻しか入室できなかった」と涙しました。
一般の家庭でも、夫が本宅へほとんど帰ることがなくとも離婚に応じない妻たちもいます。過去にたくさんの恋人がいても、裕也さんは“希林さんの夫”として生涯を終えました。配偶者が亡くなった後にできる死後離婚(姻族関係終了届)の手続きを裕也さんは取っていません。
結婚生活のほとんどが別居であっても、希林さんは自宅で裕也さんの個室を整え、裕也さんが身に着けたお古の下着をまとっていたというエピソードを聞いて“女心のいじらしさ”を感じるか、“執念深さ”と思うか、その受け止め方は人によって大きく分かれるところでしょう。あの飄々とした希林さんの語り口から怨嗟の声を聞くことはありませんでしたが、彼女の人生はあたかも「泥中の蓮」のようです。どれほど夫が浮気し、事件を起こし、混乱した環境に身を置いていても、清く生きる。美しい蓮の花が咲くには、どろどろの汚れた水や泥が必要で、澄みきった真水の中では美しく大きな蓮の花は咲かないといわれています。
日本の覆面アーティスト、ウォルピスカーターさんの「泥中に咲く」の歌詞を思い出し、若い年齢のウォルピスカーターさんが希林さんと似た感覚を歌っていることに気づきます。「別れない妻」たちにとって、希林さんは「希望の星」といえるでしょう。
(池内ひろ美/家族問題評論家)
提供元:Yahooニュース

