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富永一朗さん大往生 「チンコロ姐ちゃん」で人気「お笑いマンガ道場」で人柄も愛された(サンケイスポーツ)

 「チンコロ姐(ねえ)ちゃん」や「ポンコツおやじ」などで知られる漫画家、富永一朗(とみなが・いちろう)さんが5日、東京都内の自宅で老衰のため死去していたことが22日、分かった。96歳だった。風刺やユーモラスなお色気など幅広い作風で人気を集め、日本テレビ系「お笑いマンガ道場」では明るい人柄で愛された。同番組で共演したタレント、車だん吉(77)は本紙の取材に応じ、「天国でも好きな漫画を自由に描いてほしい」としのんだ。

 ほのぼのとしたイラストや風刺漫画でお茶の間から愛された希代の漫画家が、静かに旅立った。

 関係者によると、富永さんは都内のマンションにひとり暮らしで、家政婦が身の回りの世話をしていたが、5日に老衰のため他界。葬儀は近親者で行い、喪主は弟の浩(こう)さんが務めた。

 漫画家の駆け出し時代は、お色気のナンセンス漫画で知られる杉浦幸雄さん(2004年死去、享年92)に師事。その作風を継承しながら幅広い分野の作品を手掛け、「チンコロ姐ちゃん」「ポンコツおやじ」などの代表作を生み出した。

 一方、明るいキャラで「お笑いマンガ道場」(1976~94年)に出演。大喜利形式の回答で披露する下ネタも含めた変幻自在のイラストと、漫画家で友人の鈴木義司さん(04年死去、享年75)との“悪口合戦”で大人気となった。

 同番組で共演した車だん吉はこの日、本紙の取材に対応。訃報は11日に弟の浩さんから受け、「僕にとって父親のような存在。優しくしてもらいました」と悼んだ。

 故人について「おっぱいの絵でエッチな印象かもしれないけど、すごく繊細な性格」と説明。共演当時、「何をしているときが幸せか」と聞くと「(画用紙の)ケント紙の前に座り、さて何を描こうかと考える瞬間」と答えていたという。年に1、2度自宅を訪れるなど親交が深く、昨年4月に誕生日プレゼントを持参すると「先生、物よりも美女連れてこいって」と往年の下ネタに爆笑した。

 還暦を過ぎると糖尿病を患い飲酒を控えるなど健康に留意。「103歳まで生きると頑張っていた」と肩を落とし、「死ぬ前には好物のチャーハンにスープをかけて食べたいと言っていたけど、ちゃんと食べたかなぁ」と思いをはせた。

 富永さんは家事は一切できなかったというが、「あれもこれも描きたいと手首がけんしょう炎になっても色鉛筆を握っていた」とプロ魂に感服。「天国でも思う存分、漫画を描いてください」と呼びかけていた。

 ◆「お笑いマンガ道場」で司会を務めたフリーアナウンサー、柏村武昭(77) 「故鈴木義司先生との丁々発止のやりとりも番組の名物でした。でも本当は、お二人は大の親友でした。几帳面な富永さん、大雑把な鈴木さん お互い引き合うものがあったんでしょうね、今は天国でお二人、そして(共演者の)川島なお美ちゃんも入って積もる話に花が咲いているでしょうね」

◆追悼展示など検討

 富永さんは「漫画による町おこし」をテーマにさまざまな活動を行ってきた。晩年は色鉛筆を使ってファンタジックな風景の一コマ漫画を描き、原画は各地の美術館などに展示。講演会での訪問がきっかけで岡山・高梁市にある吉備川上ふれあい漫画美術館で名誉館長も務めている。同美術館はコロナ禍で休館中だが、本紙の取材に「状況が落ち着いたら、追悼展示などを検討したい」としている。一方、プロ野球・広島のファンで応援歌「ゴーゴーカープ」「カープ音頭」のレコードで歌っている。

■富永 一朗(とみなが・いちろう)

 1925(大正14)年4月25日生まれ。京都府出身。第二次世界大戦では台湾に出兵。終戦後、少年時代を過ごした大分・佐伯市で小学校の教員となったが、51年に漫画家を志して上京。代表作は「チンコロ姐ちゃん」「せっかちネエヤ」など。テレビはNHK「クイズ面白ゼミナール」などに出演。86年に日本漫画家協会漫画賞大賞、92年に紫綬褒章、98年に勲四等旭日小綬章を受章。私生活では55年に結婚。妻とは2004年に死別した。

提供元:Yahooニュース
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