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志村けんさん急逝から4年で死後トラブルなし…松本人志と比較される女性関係とカネ払い(日刊ゲンダイDIGITAL)

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志村けんさん(享年70)が新型コロナウィルスによる肺炎で亡くなってから、3月29日で丸4年になる。週刊文春が報じたダウンタウンの松本人志(60)の性的トラブル疑惑で改めてクローズアップされたのが、志村さんの遊び方だった。
【写真】松本人志と故・やしきたかじんさん「遊びの流儀」の違い…人に恨まれない“豪遊伝説”は今も色あせず
生前の志村さんとたびたび酒席を共にした番組制作会社のプロデューサーはこう話す。
「志村さんは交際していた女性には気を遣うだけでなく、生活費を援助したり経済的に支援をしていた。女性に恨まれるようなことはしていないから、亡くなってから志村さんのトラブルが表に出ることがありませんでした。松本が文春に報じられたようなセコイところは一つもありませんでしたよ」
1995年1月に阪神淡路大震災が発生した当日の午後、当時、東京・南青山にあった携帯電話ショップで、被災状況を中継するテレビにくぎ付けになっている志村さんが目撃されている。そのとき、志村さんは自分の携帯電話ではなく、当時、人気バラエティー番組「志村けんのバカ殿様」(フジテレビ系)にレギュラー出演していた、あるアイドルタレントの携帯電話を取りに来ていたと、筆者は関係者から聞いている。バラエティーの頂点に上り詰めた男のまめさに驚かされたのを記憶している。
数々の女性と浮名を流してきた志村さんだが、結婚秒読みといわれていたのが、女優のいしのようこ(56)だった。当時、前述したアイドルタレントとの交際をキャッチした筆者は、東京・三鷹にある志村さんの本宅を約1週間、張り込み続けた。しかし、姿を現したのはそのタレントではなく、いしのだった。しかし、いしのとの関係も、その後破局を迎える。
■別れた女優を舞台に起用
「普通、別れた女性との共演は避けると思います。ところが、志村さんは破局後も舞台『志村魂』にいしのさんをキャステイングしていました。思いやりがありました。だからいしのさんも、志村さんの追悼番組で思い出を語ってくれたのでしょう」(前出・番組制作プロデューサー)
いしのと破局後、東京・港区の麻布十番に転居した志村さんは、故・可愛かずみさん(享年32)や故・飯島愛さん(享年36)をプライベートで可愛がっていたという。
「当時、可愛さんはある女優と同じマンションに住んでいた。同じ町に引っ越してきた志村さんは、3人で麻布十番の町を飲み歩いていました。その可愛さんが97年に飛び降り自殺で亡くなったときは嘆き悲しんでいました」(大手芸能プロダクション幹部)
それから11年後の2008年12月のクリスマスイブに、飯島さんが“孤独死“で発見されたことに志村さんは相当のショックを受けたという。
「結婚を意識した女性には生活に困らないように金銭的に支えていただけでなく、深い関係になったクラブホステスには売り上げに協力、別れてからも生活に困らないように店に通って売り上げに協力してました。だから、女性から感謝されても恨まれることはありませんでした。志村さんが亡くなった後、遺産額が10億円ほどと報じられました。あれだけのスターにしては金額がひとケタ少ないように思われましたが、それだけいろんな人にお金を使ってということでしょう」(前出・番組制作プロデューサー)
志村さんに「コロナを感染させた」などと事実無根の投稿をネット上に流され、名誉を傷つけられたとして、大阪・北新地の高級クラブのママが複数の投稿者に損害賠償を求めていた裁判で大阪地裁は2月22日に投稿者2人にそれぞれ、12万円の賠償を命じた。
「志村さん自身、そのママとも投稿者とも面識はない。デマ投稿に裁判所が賠償命令を出したことで、志村さんは安らかに眠ることができるのではないでしょうか」(芸能ライター)
出身地の西武線・東村山駅前にある志村さんの銅像を訪れるファンは今も後を絶たない。
(本多圭/芸能ジャーナリスト)
提供元:Yahooニュース

