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「学生時代の仰天あだ名は…」菊地凛子、歌手デビューの裏話とは《ブギウギでは“ブルースの女王”》(文春オンライン)

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“ブルースの女王”淡谷のり子をモデルにした茨田りつ子を演じている菊地凛子(42)。劇中では哀愁溢れた歌声を披露しているが、10年前に仰天する名前で歌手デビューしていた!
【画像】当時、衝撃作と言われた菊地凛子のアルバム「戒厳令」
◆ ◆ ◆ 菊地と言えば、2006年のハリウッド映画『バベル』で聾唖の女子高生役を演じ、注目を集めた。08年には映画『カムイ外伝』のヒロインとして出演予定だったが、怪我で降板を余儀なくされる。代役として白羽の矢が立った女優こそ、 別の記事 で登場した小雪。いわば、菊地は小雪♡松ケンのキューピッドだったのだ。
11年公開の映画『小川の辺(ほとり)』では、殺陣にも初挑戦。故・高瀬将嗣氏と共に指導した高瀬道場主宰の多加野詩子氏が振り返る。
「秋口のクランクインまでの3カ月間、マネジャーさんもつけず、1人で道場に通われていました。真夏のクーラーがない道場でも文句1つ言わない根性のある方。冬物の着物を着て練習していたら、暑すぎて顔が真っ赤になってきて思わず止めたことも。『運動は苦手』と仰っていましたが、その分、ちょっとした刀の動かし方などに想いを込めていましたね。殺陣が非常に上手い東山紀之さんが相手でしたが、全く怯んでいませんでした」 10年公開の『ノルウェイの森』ではプロデューサーに“直電”し、出演を勝ち取ったこともあったが、
「実は“直電”は彼女の十八番です」(芸能記者)
14年にアルバム「戒厳令」で歌手デビューした菊地。プロデュースした作曲家の菊地成孔(なるよし)氏が明かす。
「凛子さんからいきなり電話があって『日本で音楽活動したいのでプロデュースして下さい』と言われて。世界的なハリウッド女優さんですし、驚くと同時に嬉しくてその場でOKしました。飛び込みで『歌手にして』と言われたのは、後にも先にも凛子さんだけです。その後、初めてお目にかかった際は強烈な目力に圧倒されましたね」 ある時、菊地は「私、菊地凛子の名前でやるんですか?」と尋ねてきたという。成孔氏が「何かアイデアはある?」と返すと、彼女はこんな“過去”を明かした。
「私、学生の頃、『淋病』と呼ばれていたんです」
成孔氏が続ける。
「一同大笑いで(笑)。Björk(ビヨーク)みたいな感じで、リンビョウのビョウのところにアクセントをつけてみて。BYOじゃ面白くないからJも入れたらカッコよくないですか、と。凛子さんも最初は『嫌ですよ』と仰っていたんですが、次第にノってきてRinbjöという名前に決まりました。スタジオではいつも上機嫌でとても楽しい方だった。結婚直前でしたが、ご主人の染谷将太さんがヒップホップ好きなこともあって、凛子さんもよく聴いていたようで、『戒厳令』ではラップもやってくれました」
提供元:Yahooニュース

