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信長が寵愛した「森蘭丸」は本当に実在したのか?美少年説は真実なのか…?人気歴史学者が徹底考察(現代ビジネス)

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NHK大河ドラマ『どうする家康』で、織田信長のそばに控える美少年に目が留まった人も多いだろう。俳優の大西利空さんが演じる「森乱」である……と言ってもピンと来ないかもしれないが、「森蘭丸」と言えば多くの人がわかるはずだ。
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そのキャスト紹介では、なぜ「森蘭丸」ではなく「森乱」と書かれているのか。そもそも「信長が寵愛した美少年」は本当に実在したのか。前編記事『「本能寺の変」謀反人の明智光秀は、じつは庶民の人気者だった! …人気歴史学者が史料から読み解く「意外な二面性」とは? 』につづき、人気歴史学者・呉座勇一さんの著書『武士とは何か』(新潮選書)から、一部を再編集してお届けしよう。 豊臣秀吉を主人公とした戦前の歴史小説に、矢田挿雲(そううん)の『太閤記』がある。今では知っている人も少ないだろうが、当時はたいへんな好評を博した。
同作は、『報知新聞』の夕刊に、大正14年から昭和9年(1934)までの長期にわたって連載された豊臣秀吉の一代記である。この大長編の人気に火がついたのは昭和10~11年に単行本が発売されてからで、続篇を求める声に応えて関ヶ原の戦いと大坂の陣も書き継がれた。
さて矢田の『太閤記』は、本能寺の変の原因について、面白い説を紹介している。「信長が蘭丸を光秀の婿にしようと望んだにかかわらず、光秀はその娘を幽斎の子の忠興に与えて、蘭丸に恥をかかしたというのである」と記している。これを恨んだ蘭丸が信長に讒言(ざんげん)して、信長と光秀の関係が悪化、本能寺の変につながった、というわけだ。
矢田は「仮りに俗説を真(まこと)として、また仮りに光秀の娘が蘭丸の妻になったものとして想像すると、光秀は或いは蘭丸夫妻の幸福のために、謀叛を思いとまったであろうし、信長もまた、あれまで深酷に光秀をしいたげはしなかったろう。そして信長の晩年は、目出度く栄え、光秀は一生諸侯で終ったであろう。歴史の囲碁は、僅(わず)か一石をおきかえただけで、局面が一変する」と述べている。
細川忠興に嫁いだ明智光秀の娘とは、言うまでもなく玉(ガラシャ)のことである。森蘭丸とガラシャが夫婦になっていたら、さぞお似合いの美男美女カップルになっただろうと夢想される方もいるかもしれない。しかし実のところ、ガラシャが美女であるということも、蘭丸が美男子であるということも、確たる証拠によって裏付けられていない。
近年、建築史家の井上章一氏が細川ガラシャ美人説を批判した(「美貌という幻想」、井上章一ほか著『明智光秀と細川ガラシャ』筑摩選書、2020年)。井上氏によれば、ガラシャが美人であると記した同時代史料は存在しないという。ガラシャと会ったイエズス会の宣教師も、ガラシャの知性を褒めるものの、彼女の美貌には言及していない(ガラシャの侍女ルイザの美貌には触れている)。
江戸時代の史料でも、ガラシャは西軍(石田三成ら)の人質になることを拒んで自害した烈女として専ら描かれている。美人と表現するものは『明智軍記』など、ごく一部である。
森蘭丸に関しても、同時代史料で美男と記しているものはない。そもそも織田信長と男色関係にあったかどうかもはっきりしない。
提供元:Yahooニュース

