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市川猿之助家、「悲劇」の始まりは何だったのか?(現代ビジネス)

 市川猿之助の事件で歌舞伎が注目されている。

 「世襲」「門閥」「男子のみ」といった旧態然とした方法で、芸を継承していることそのものへの批判も出てきた。

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 「市川猿之助家」とは、そういう歌舞伎界の旧弊を打破してきた家でもある。それなのに、世襲してしまったことが、悲劇の始まりでもあった。 市川猿之助家も世襲である。初代から4代目まで男系男子で続いている。だが、直系ではない。

 初代の子が2代目、だが、2代目の子は猿之助を襲名せず、一世代飛んで、2代目の孫が3代目となった。ここまでは男系男子の直系である。

 3代目猿之助は女優・浜木綿子と結婚し長男が生まれたが離婚し、子は浜が引き取った。香川照之である。3代目と香川は絶縁状態で、成人した香川が面会を求めても3代目が頑なに会わなかった話は有名だ。

 そして2012年に、3代目の弟・4代目市川段四郎の子・亀治郎が4代目猿之助を襲名した。世襲ではあるが、親から子ではなく、伯父から甥への継承だ。 代々の猿之助は、歌舞伎界では異端だった。

 初代は9代目市川團十郎の弟子だったが破門になり、やがて許されて復帰した。歌舞伎以外の新派や新劇にも出ていた。

 2代目も、新劇に出て、すでに松竹が歌舞伎興行のほとんどを担うようになっているなか、松竹に反旗を翻したこともある。

 3代目は23歳で猿之助を襲名したが、直後に祖父(2代目)と父が亡くなったので、「劇界の孤児」となった。歌舞伎は門閥主義で座組が決まるので、後ろ楯のなくなった3代目猿之助は、大幹部の誰かに頭を下げて一門に加えてもらうしかなかったが、それを断り、自分で独自の公演を始めた。

 3代目猿之助は、他の歌舞伎公演とは異なる、徳川時代にあったケレン味のある、娯楽としての歌舞伎を復活させた。宙乗りや早替わりといった技法で、観客を沸かせた。

 さらに、現代語のセリフ、西洋音楽を用いた、伝統的歌舞伎とは一線を画した「スーパー歌舞伎」も創案した。

 それらは「猿之助歌舞伎」と呼ばれ、興行成績はよかったが、歌舞伎座の「松竹大歌舞伎」には出演できなかった。劇界で、猿之助一門(澤瀉屋)は異端的な存在、一種の独立王国となった。

 その王国には、他の一門にいた役者も加わったが、一般家庭出身の役者も多い。

 3代目猿之助は世襲・門閥にとらわれず、一般家庭出身者を歌舞伎役者として鍛え、登用していたのだ。市川右近(3代目右團次)を筆頭に、市川笑也、市川笑三郎、市川猿弥、市川春猿(現・河合雪之丞)、市川月乃助(現・2代目喜多村緑郎)などである。

 そのひとりが、弟・4代目段四郎の子、市川亀治郎――4代目猿之助である。

 亀治郎は幹部役者の子ではあるが、いわゆる「御曹司」としての扱いはされていない。猿之助一門が異端の存在であり、その当主の子ではなく甥だったからだ。

提供元:Yahooニュース
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