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中尾ミエさんが出会った芸能界、そして人生の先輩たち「たくさんの“いい先生”に巡り合えた」(日刊ゲンダイDIGITAL)

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【中尾ミエ 毎日が愉快探し!】#4
「誰でもそうでしょうが、“すてきな人だな”“勉強になるな”とか“見習わなきゃ”と感じさせてくれる人が、自分のまわりにいるかどうかって、とても大事なことだと思うんです。とくに若いときにそういう人と巡り合えるかどうか……。幸せなことに、私は芸能界でそう思わせてくれる先輩方にずいぶんと恵まれてきました。だからこそ、いまの私があるわけだし、毎日を楽しく過ごすことができているんだとつくづく思いますね」
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そう語る中尾ミエさんだが、自分が出会えたそうした芸能界の先輩として、森繁久弥さん、坂本九さん、越路吹雪さん、淡谷のり子さんなどの名前を挙げる。
「人生一般について、仕事への向き合い方について、あるいはファッション、美容についての考え方とか、多くのことをこういう方々から教えてもらいました」
いずれも亡くなってはいるが、それぞれ芸能界で一時代を築いた人たちだ。そんな出会いを得たことをとても幸運なことだったと振り返りながら、中尾さんは言う。
「なぜだかわかりませんが、私自身、多くの先輩方によくしていただいたという実感があります。こんな性格ですから、別に可愛い子ぶったわけでもないし、気に入ってもらおうと心にもないことを言ったりしたわけでもない。第一、そんな見え透いた態度が通用する相手でもない。ただ自然体だっただけなんですが……。
意識していたわけではないし、損得を考えていたわけでもない。誤解を恐れずに言えば、年上の方から“親身になってもらえる”なにかが、私にはあったのかも……。私自身もそうした方々に自然に“なつける”タイプだったかもしれません。そんなふうに育ててくれた親に感謝しなくちゃね」
そして、具体例を紹介してくれた。
「森繁さんからは挨拶の大切さを教えていただきました。その後も“意味もなく今日が終わる。びっくりすることもなく明日があける”という書き出しではじまる人生訓のような色紙も書いていただいて、いまも大切にしています。この年になって改めてその言葉の意味をかみしめています。坂本九さんからは“仕事に上下の隔てなし。仕事の態度に上下あり”という仕事への心構えを教えていただきました。越路吹雪さんからは“ドレスはいつもいいものを着なさい”、淡谷のり子さんからは“エステには通いなさい”と芸能人、女性としての基本的な姿勢を教わりましたね」
■芸能界は「職場であり学校」だった
10代半ばからプロ歌手として生きてきた中尾さんにとっては、自身の成長に大きな影響を与えたいい出会いがあったようだ。
「中学を出てすぐに働きはじめたわけですから、芸能界は私にとっては職場であると同時に、いってみれば学校でもあったわけですよ。いい先生、いいコーチに巡り合えたということは間違いありませんね。いまこうして、仕事でもプライベートでもいろんなことにポジティブに向き合って、愉快な日々を送れるのもそういう出会いがあったからこそだと思っています」
そして、こう締めくくった。
「私自身も、“教える”なんておこがましいことは言わないけれど、そんな先輩方のように“出会えてよかった”って感じてもらえるような存在になれたらうれしいですね。まだまだがんばらなくちゃね」 =つづく
▽中尾ミエ(なかお・みえ) 1946年、福岡県生まれ。1962年にデビュー曲「可愛いベイビー」が大ヒット。71年にリリースされたシングル曲「片想い」は30万枚の売り上げを記録。その後、歌手活動以外にも、俳優として数々のドラマ、映画、舞台に出演。また、現在、情報番組「5時に夢中!」(TOKYO MX)の金曜コメンテーターとしてレギュラー出演中。著書「76歳。今日も良日」(アスコム)がベストセラーに。
※衣装提供DUE deux
提供元:Yahooニュース

