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マツコ・デラックスのアドバイスでブレイク!? アンミカ「『あなた、そのほうがすごく面白い』って」(TOKYO FM+)

木村拓哉が親交のあるゲストを迎え、人生をしなやかに生きていく様や、ゲストの秘めた魅力や強さに迫るTOKYO FMのラジオ番組「木村拓哉 Flow」(毎週日曜 11:30~11:55)。4月のマンスリーゲストは、モデルでタレントのアンミカさんです。4月16日(日)の放送では、アンミカさんが関西弁で活動するようになったきっかけについて語りました。1972年生まれ、韓国・済州島出身、大阪育ちのアンミカさん。15歳のときに、地元・大阪でモデル活動をスタートさせるも、事務所の意向で高校卒業と同時に退所。フリーとなってからのモデル活動は苦労の連続でしたが、1993年にパリ・コレクションに初参加したことがきっかけとなり、大阪と東京、さらには日本とパリを行き来する生活に。

この日の放送では、25歳のときにニューヨークでの活動に挑戦するも失敗したことや、自身のルーツである韓国のことを、より深く知るために韓国留学したときのこと、仕事が激減して大阪の実家暮らしに戻ったときのことなど、20~30代の自身の活動を赤裸々に語ってくれたアンミカさん。

数多くの挫折や苦労を経験してきたアンミカさんの名を全国区になるきっかけのひとつとなったのは、マツコ・デラックスさんとの出会いでした。

アンミカさんは、30代後半のときに上京。当時、担当していたマネージャーの「ファッションや美容の仕事をやりたいのであれば、標準語のほうがイメージ的に良い」という意向もあって、現在のアンミカさんの代名詞でもある“関西弁”は使わず、標準語でイメージを重視した活動をしていたと言います。

アンミカさんは「自分らしさや感情が込められない。外国語をしゃべっているみたいな感じで、自分らしさが出せなかったんですよ」と振り返ります。

そんなあるとき、ミッツ・マングローブさんのお店で開かれる、ピーター(池畑慎之介)さんの誕生日会に誘われていたアンミカさん。しかし、その日は大阪での仕事があり、顔を出せたとしても1時間ぐらいしか滞在できなかったものの、日頃からお世話になっているピーターさんに直接、お祝いの言葉を伝えたかったアンミカさんは、出発前に立ち寄ったそうです。

「私の席がミッツさん、ピーターさん、マツコさんやったの。濃いでしょう(笑)? ここで、みなさんにきちんとご挨拶していかな、と思って、ものすごく早口で関西弁でブワ~ッとしゃべって、『ほな(大阪に)行かなダメなんで!』って帰ったら、『あなた、そのほうがすごく面白い』って言ってくださって。マツコさんは通販好きで、よく(私が出ている番組を)観てくださっていて『そのまま出たらいいのに』って、すぐに『アウト×デラックス』(フジテレビ系)に呼んでくれはったんですよ」と経緯を語ります。

そこで、マツコさんのアドバイス通り、“素”の関西弁でありのままをさらけ出したところ、番組を観た関係者から「アンミカさんってそんなキャラだったの!? ウチの番組でも素で出てください」という声がかかるように。

続けて「ちょうどマネージャーが変わるタイミングで、元・吉本の芸人さんをやっていた方がマネージャーになって『アンさん、関西弁のほうがいいですよ。(標準語をやめて関西弁で)いきましょう!』みたいな感じになって、43歳ぐらいから関西弁で(テレビに出ることになりました)」と経緯を語り、「マツコさん、ピーターさん、みなさんに感謝です。もう、ありがたくて。本当に出会いですね」と感謝。

この話に木村は「ピーターさんのパーティーに行っていなかったら、(マツコさんに)会っていないもんね」と反応すると、アンミカさんは「ほんまにそうなんです。そのとき、ミッツさんのお店にピーターさんが呼んでくれはって、マツコさんがすぐ番組に呼んでくれへんかったら、自分らしさを出せなかったんで。マネージャーさんも交代して、全部がご縁ですよね」としみじみ。

そんなアンミカさんの言葉に木村は「いや~すごいな、その流れ」と驚きの声を上げていました。

(TOKYO FMのラジオ番組「木村拓哉 Flow」4月16日(日)放送より)

提供元:Yahooニュース
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