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作家・村上龍の時間は止まったのか? 新刊『ユーチューバー』の淡々とした独白を考える(リアルサウンド)

 若くしてデビューし、成功を収め、老齢を迎えた小説家・矢﨑健介が「世界一モテない」と自虐気味に語る四十男に出会い、「女性遍歴を語る」というテーマでYouTubeに出演するーー。村上龍が長編小説『ユーチューバー』を上梓した。

 本作に登場する矢﨑健介は、村上龍自身がモデルだろう。彼自身をモチーフにしたキャラクターが出てくる小説は、これまでにもいくつか存在している。その最初の作品は、おそらく『69 sixy nine』(主人公は高校生の矢﨑健介)。1969年の長崎県佐世保市を舞台に、校舎のバリケード封鎖、フェスティバルの開催など、村上自身の実体験をもとにした自伝的な青春小説だ。背景には学生運動、ベトナム戦争など当時の社会情勢があるのだが、この小説はあっけらかんと明るく、とにかく楽しいこと、気持ちいいこと、興奮できることに突き進む“ケン”を描く筆致は爽快きわまりない。

 『長崎オランダ村』(1992年)には、“ケン”と呼ばれる小説家が登場する(『69 sixy nine』にも登場する)。高校の後輩のナカムラの依頼で、地元・長崎で講演を行うことに。ストーリーはほとんどないに等しく、講演が終わったあとのケンとナカムラの会話が中心。刺身、鉄鍋餃子、辛子蓮根、皿うどんなどを大量に食しながら、長崎オランダ村で行われたフェスティバルのことやナカムラの息子に関する悩み事を話しまくるのだ。いろいろな問題を抱えながらも、“何があっても徹底的に楽しむ”というスタンスは貫かれたまま。読後は(めくるめく食べ物の描写に胸やけしそうになりながらも)“よっしゃがんばるか”という気持ちにすらなる。

 『エクスタシー』(1996年)にも“ヤザキ”という男が出てくるが、この作品がまとうムードは『69 sixty nine』や『長崎オランダ村』とは全く違う。ヤザキの経歴は不明で、ニューヨークでホームレスとなっている。ヤザキを取り巻く女性たち、彼の経歴を知ろうとする記者などを巻き込み、ドラックとセックスを中心にした快楽と倦怠が濃密な描写で描かれていく。いろいろな読み方はあるだろうが、根底にあるのは社会システムへの嫌悪と怒り、そして、どうしたら自意識や憂鬱から自由になれるか?という村上龍の根本的なテーマだと思う。

 新作『ユーチューバー』は前述の通り、“矢﨑健介がユーチューブの番組で女性遍歴を語る”というストーリーなのだが、矢﨑が告白する話は既視感だらけというか、過去の作品にも反映されているものがほとんどだ。たとえば「吉祥寺のロック喫茶で知り合った」「福生で地獄のような暮らし」を送った“スミコ”は、短編集『村上龍映画小説集』に収められた「甘い生活」に登場する“キミコ”と同一だと言っていいだろう。また、付き合っていた女性が妊娠し、堕胎することになったエピソードは、『テニスボーイの憂鬱』(1985年)に反映されている。

 村上龍は私小説というジャンルからもっとも遠い作家のひとりであり、私的な経験を描く場合でも、圧倒的なエネルギーによって感傷を突き抜けてしまう印象が強かったが、本作『ユーチューバー』の“矢﨑健介”は淡々と女性との出会いや別れ、セックスを語るだけで、かつての村上作品にあった爆発的な飛躍はまったく感じられない。

 それを端的に示しているのが「ユーチューブで話すって、よくわからないけど、案外気持ちがいいのかな」という矢﨑の台詞だろう。

 年齢、キャリアを重ねることで、小説家としてのモチベーションは変化することは当然だ。『ユーチューバー』の後半、イタリア映画『マレーナ』に関する記述の後、矢﨑はこんなふうに独白している。

「作品は墓標というか墓石のようなものだ。今も時間が流れている。マーロン・ブランドの時間は止まってしまった。わたしの時間も止まるときが来る。」

 誰もに訪れる人生の終わりを意識しはじめた村上龍は、この後、どんな小説を届けてくれるのだろうか。穏やかな抑制とともに、過去を振り返る『ユーチューバー』は現在の彼の状態を生々しく刻んだ作品だと思うが、長年のファンとしては、想像力が現実をひっくり返すような新作――情報の精緻な組み合わせ、正確無比な文章表現、安易なカタルシスを許さない厳格さーーをもう一度読みたいと切に願う。

提供元:Yahooニュース
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