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ジーナ・ロロブリジーダは私とって世界一の美女だった【佐高信の追悼譜】(日刊ゲンダイDIGITAL)

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【佐高信「追悼譜」】
私にとって、世界一の美女は愛称ロロブリジーダだった。エリザベス・テーラーでも、イングリッド・バーグマンでも、マリリン・モンローでもなく、彼女だった。
【写真】”中内㓛に似てしまった”佐野眞一をノンフィクションの主流扱いしてはならない
1927年生まれのロロは、城山三郎や藤沢周平、そして石牟礼道子と同い年である。
イタリア生まれで165cmと、外国人にしてはそんなに背が高くない彼女は、豊胸で、トランジスタグラマーと呼ばれた。
「世界で最も美しい女性」の名をほしいままにしたが、1947年のミス・イタリアを選ぶコンテストでは3位だった。4位がエレオノーラ・ロッシである。
代表作はフランス映画の『夜ごとの美女』やハリウッド映画の『空中ぶらんこ』。
前者ではアラブの姫を演じ、へそ丸出しの衣装で衝撃を与えた。
川本三郎の『美女ありき』(七つ森書館)によれば、この写真のキャプションに「原爆女優」とある。
このころ、アメリカ映画はセミヌードさえご法度で、それに比べてフランス映画は自由だった。ロロの肉体美はフランスで”発見”されたのである。
「イタリアの女優なのに『夜ごとの美女』と、やはりジェラール・フィリップと共演した『花咲ける騎士道』の2本のフランス映画で世界的スターになったのはそのため」(川本)だった。
私は『ソロモンとシバの女王』の妖艶な姿を記憶しているつもりだったが、1959年の上映というから、そのころ私はまだ14歳。後で名画座ででも観たのだろうか。
『キネマ旬報』の1957年12月下旬号には、黒澤明がロロと会ったことを書いている。
同年のロンドン映画祭に黒澤は和服で参加した。
「ロロは、僕の草履がよほど珍しいらしく、眼を丸くして見ている。片一方をぬいで見せてやる」
そのころ黒澤は47歳、ロロは17歳下だった。
逢坂剛と川本の対話『わが恋せし女優たち』(七つ森書館)にはこんなやりとりがある。
「イタリア女優のほうが、日本で人気があった気がする。ジーナ・ロロブリジーダを筆頭に」
「かわいいグラマーで、日本人好みですよね」
「『空中ぶらんこ』。素晴らしかった。目を見張りましたよ」
「あのウェストの細かったこと」
川本は「彼女の坊主頭の写真を見た」とも発言している。『五人の札つき娘』という作品で、ジャンヌ・モローをはじめ、シルヴァーナ・マンガーノなど、5人の大女優がナチの将校と寝たといって村人に髪を刈られ、丸坊主にされる。ロロは結局断って出演していないのだが、候補にはなった。マネジャーの夫とは1949年に結婚して71年に離婚。97年に引退後、2010年に83歳で再婚した。(文中敬称略)
(佐高信/評論家)
提供元:Yahooニュース

