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歌手・作曲家の美樹克彦さんは37歳年下で元弟子の女性と4回目の結婚「毎日楽しく過ごしています」(あの人は今)(日刊ゲンダイDIGITAL)

【あの人は今こうしている】

 美樹克彦さん(歌手・作曲家/74歳)

 60年代は「花はおそかった」などでアイドル歌手として活躍し、80年代には演歌歌手・小林幸子とのデュエット曲「もしかしてPARTⅡ」(ワーナーパイオニア)を作曲家兼歌手としてヒットさせた美樹克彦さん。プライベートでは結婚・離婚を繰り返したことでも話題になった美樹さん、今、どうしているのか。

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 ◇  ◇  ◇

 美樹さんに会ったのは、東京都内のカフェ。ピンク色の明るい上衣が若々しい美樹さん、まずはこう言った。

「9月24日に、歌手で作詞家の木暮美紀さんと入籍しました。歌の師匠と弟子として知り合って9年。37歳も年下だから、そりゃもう、彼女の両親には大反対されましたよ」

 あれ、美樹さんは40歳のとき、元歌手と3度目の結婚をしたのではなかったっけ!?

「10年前に別居し、7年前に離婚しました。なぜって、結局、前の奥さんは『もしかしてPARTⅡ』がヒットした後のいいときに結婚したから、山あり谷ありの生活は難しかったんでしょう。ボクは2023年で芸能生活70年。何度も山も谷も経験しましたから、平気なんですけど。それにしても、3回もダメになるなんて、ボクには結婚は向いてない、もうしない、と離婚当時は思っていました」

 美樹さん、満面の笑みだ。隣にいる新妻・美紀さんもニッコリ。

「年の差は感じていません。話も食事も違和感はありませんし、子どもは欲しいけれど、結婚は年齢うんぬんより巡り合わせ。今は一緒に暮らす動物たちが子どものようにかわいいので、毎日楽しく過ごしています」(美紀さん)

 トイプードルなど犬を2匹、茶トラのネコを2匹飼い、2人と4匹の家族で、千葉県木更津で暮らす。

「彼女以上にボクの方が子どもが欲しいかもしれません。木更津には、昔からお世話になっている方がいて、『おいで』と言ってくださったので、前の女房と別居するときに引っ越してきました」

 しかし、74歳で子どもをもつとなると、がんばらねばならないなぁ。

「芸能プロダクションを経営し23歳のROKUZOと、15歳の学斗という子を育てています。あと、『じんせいいちどだろ』というCDを5月にリリースしました。コロナで落ち込んだあらゆる世代へのエールの歌で、奥さんが作詞、ボクが作曲で、清水アキラや『アリス』の矢沢透、元プロ野球の柴田勲ら普段親しくしている人たちに声をかけ『Ge's(ジイズ)』というグループを結成し歌っています。俳優の渡辺裕之さんもゴルフ仲間だったから電話をかけたんですけど、『オレ、ジジイですか……』と。渡辺さんは生真面目で完璧主義者。若々しかったから、ジジイ扱いは抵抗があったのかなあ。電話で話した数カ月後に亡くなり、本当にビックリしました」

 ほかにも、水前寺清子の新曲「運否天賦で行こうじゃないか」の詞の提供、千葉テレビや大分放送のカラオケ番組にレギュラー出演と忙しい。そんなに働かなくても「もしかしてPARTⅡ」の印税で、悠々自適じゃないのか。

■「もしかしてPARTⅡ」の印税はコロナ禍で激減

「コロナでカラオケで歌われる回数が減り、今は生活できるぐらいの印税にしかなりません。離婚のときにそこそこの慰謝料を払いましたし、2度目の離婚でも3億円払っていますから、余裕はないですよ」

 美紀夫人がTikTokやYouTubeによる発信や、健康面を考えた食事作りでサポートしてくれているそうだ。

「3年前に心臓の血管が詰まり、手術を6回したんですよ。それも、彼女が病院を強くすすめてくれたから助かったようなもの。病気を機にたばこはやめました。結婚したからには責任があるから、できるだけ健康に気をつけて、元気で長生きしないとね」

 さて、美樹さんは5歳のとき子ども劇団に入り、子役として映画などで活躍。16歳のとき、現在の芸名でアイドル歌手デビューし、「回転禁止の青春さ」「花はおそかった」などをヒットさせた。

「50、60歳になっても『かおるちゃん』『ばかやろー!』なんて泣いて歌うのは、生活はできるかもしれないけどイヤだな、と思って、作曲家に転身しました。作曲家はいろんな歌手に自分の書いた曲を歌ってもらえて、歌手が売れる道筋をつけたりもする。その姿がかっこいいなと思ったんですよ。それに、歌手の卵の女の子に『今日は泊まっていきなさい』なんて言っているのも羨ましくてさ(笑)」

 80年代には大人気バラエティー「オレたちひょうきん族」(フジテレビ系)にレギュラー出演。小林幸子とのデュエット曲「もしかしてPARTⅡ」もヒットさせた。

「小林さんのおかげで、作曲家として認知してもらえましたね。小林さんとはLINEでつながっていて、この前はボクのTikTokに出てくれたんですよ」

(取材・文=中野裕子)

提供元:Yahooニュース
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