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渡辺徹さんの死は美談ばかりではなかった…妻・郁恵さんを苦しめた「不倫と牛飲馬食」(元木昌彦)(日刊ゲンダイDIGITAL)

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【週刊誌からみた「ニッポンの後退」】
笑顔がすてきだった俳優・渡辺徹が亡くなった。享年61。彼の笑顔の裏に隠されていたのは、若い頃からの病との闘いの日々だったと週刊文春(12月15日号)が報じている。
渡辺徹さんはいつも周りを楽しませ…芸能リポーターが明かすハワイ“呉越同舟”秘話
父親は流しのアコーディオン弾き。三軒長屋に住んでいた。貧しかったがサッカーや吹奏楽に打ち込み、生徒会長も務める優秀な学生だった。
高校卒業後、彼が選んだのは「演劇界の東大」といわれる文学座だった。
入って1年で、ドラマ「太陽にほえろ!」の刑事、ラガー役に抜擢される。高校の時には体重が90キロぐらいあったが、朝晩走り込み、30キロも落としたそうだ。
俳優と並行して歌手デビューも果たし、アイドル並みの人気者になった。
歌番組で熱烈なファンだった榊原郁恵と出会って交際を始め、1987年秋に結婚。高輪プリンスホテルの「3億円挙式」は生中継され、視聴率は40.1%にもなった。
貧しい長屋暮らしだった渡辺は“家”への思い入れが強く、長男が生まれると世田谷の一等地に豪邸を建てた。次男が誕生すると、同じ世田谷に推定4億円の豪邸を設けた。
そのオシドリぶりから「郁恵一筋」と思われていたが、1993年、当時27歳のモデルに約300日間に及ぶ愛人生活を暴露されてしまうのだ。
「セックスの間じゅう、“オレのこと好きか? 好きか?”と何度もいいました」(「女性セブン」同年4月8日号)
渡辺は会見を開き、しどろもどろになりながら「不倫」を否定し、郁恵は沈黙を貫いた。
だが、2004年、2度目の不倫が、同じ「女性セブン」(同年9月16日号)で報じられた。
不倫といえば、「不倫は文化だ」の“迷言”を吐いた俳優・石田純一と結婚していた松原千明が、移住先のハワイで急逝していたことが「女性セブン」(22年11月17日号)で報じられた。
カネボウのキャンペーンガールとして芸能活動を始め、女優としても活躍した。石田純一と1988年に結婚。2年後に長女が生まれた。だが、96年に石田と人気モデルとの不倫がFOCUS(同年10月23日号)で報じられ、この時、石田が記者に「不倫は文化だ」と言い放った。
夫婦関係が破綻した松原は娘を連れて逃げるようにハワイへ移住してしまう。現地で2度目の結婚・離婚を経験。晩年は1人暮らしが続いたという。松原はフェイスブックに「I'msuchaloner(私はとても孤独だ)」とつづっていた。享年64。不倫は一人の女性を不幸にした。
渡辺の話に戻る。渡辺の体を病魔がむしばんでいった。結婚当時、体重130キロ、テレビの収録ではロケ弁を3つ平らげ、1日6食が当たり前だったというから、体にいいわけはない。
酒も飲む。牛飲馬食に夜更かし。そんな夫を、郁恵は細心の注意を払い、栄養にも気をつけていたという。
だが、彼女の目の届かないところでは、ご飯にマヨネーズをかけてドカ食い。ダイエットとリバウンドの繰り返しだった。30歳の時に急性糖尿病を発症。2012年には心筋梗塞で、6時間に及ぶ大手術を受けている。
翌年には急性膵炎(すいえん)で緊急入院。糖尿病が悪化し、密かに人工透析も始めた。昨年4月には、大動脈弁狭窄(きょうさく)症の手術も受けていたというから、まさに病気のデパートだ。
11月20日、微熱が出て細菌性胃腸炎で入院するが、それからわずか10日足らず。敗血症が渡辺の命を奪った。
家族葬が行われた12月5日、榊原郁恵は、涙目になりながらも明るくこう語った。
「(棺には)まず山盛りのごはん。『お父さん、もう制限ないから』って」(文中敬称略)
(元木昌彦/「週刊現代」「フライデー」元編集長)
提供元:Yahooニュース

