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自由闊達な女性とはこの人なり 〈飽くなき新経験の蒐集家〉が往く(レビュー)(Book Bang)

 渋沢栄一の孫娘にあたる市河晴子(1896~1943)。高等女学校を卒業後、19歳で結婚した英語学者・市河三喜の欧米視察旅行に伴って、中国からエジプトへと至る29カ国を巡った8カ月間の見聞をまとめ、刊行当時に大評判を呼んだのが、この紀行文集『欧米の隅々』だ。

 どうせ乳母日傘で育った良家の奥様の優雅な大名旅行の自慢話を読まされるんでしょ―と思ったら大間違い! むしろ、その逆だ。中国で立ち食いの豪快ジンギスカン鍋に舌鼓を打つ。何でも賭け事にしてしまう英国人の遊び方に感心し、ダービーに足を運んで、エプサム競馬場の浮き立つ空気を見事に描写してみせる。スペインでは〈背に六本の銛を負うた牛の怒りは頂上に達している。(中略)時々「おのれ、どうしてくれよう」と云いたげに熱した蹄でバッバッと砂をかき左右をキッと顧みる。鮮血は淋漓として流れる。黒光りの毛の上を流れる血潮は、軽々しく網膜を刺激する紅ではないが、ジーンと頭の心に徹える色だ〉と、闘牛の牛のほうに思いを寄せる。デンマークではポケットの多い服を着ている女性たちを羨み、ハイヒールを〈竹馬〉と嫌悪する。きどったご婦人方や差別的な上流階級の皆々とは気が合わず、市井の人々の中に良い国民気質を見出す。〈飽くなき新経験の蒐集家〉を自称する晴子は、山があれば登り、谷があれば下り、氷河に足を踏み入れては氷が鳴る音に耳を澄ませと、令和を生きるわたしなんぞよりよほど自由闊達伸びやかな心で旅を楽しみ尽くすのである。

 卓越した観察力と記憶力。時に毒舌やユーモアも交える多彩な文章。見事な比喩。ユニークな擬音の使い方。古今東西の詩句をパロディにしてみせる深い教養。そこかしこに見られる茶目っ気。なんと素晴らしい女性がいたのだろう。感嘆の連続の読み心地なのだ。その晴子が、なぜ最期……。編者・高遠弘美の解説に、皆さんも息を呑んで下さい。

[レビュアー]豊崎由美(書評家・ライター)

新潮社 週刊新潮 2022年11月24日号 掲載

提供元:Yahooニュース
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