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有名になることを夢見たプレイボーイ…ダイアナ妃が「最期を共にした男性」ドディ・アルファイドの生い立ち(Harper’s BAZAAR(ハーパーズ バザー))

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Netflixの人気ドラマシリーズ『ザ・クラウン』。新シーズンとなるシーズン5では、チャールズ皇太子夫妻の離婚、ダイアナ元妃のその後の新たな恋人たちとの関係や、悲劇的な死も描かれる。
ダイアナ元妃の交通事故と聞くと、必ず名前が挙がるのが、彼女と共にパリの自動車事故で亡くなった元交際相手のドディ・アルファイドだ。
当時はまだ交際して間もない2人だったけれど、「ドディはダイアナ元妃にプロポーズする予定だったのでは」など、さまざまな憶測が飛び交う、今でも記憶に残る人物だ。ダイアナ元妃が「最期を共にした」ドディとは一体どんな人物だったのか、彼の素顔に迫る。
【写真】写真で振り返る、悲しみに包まれたダイアナ元妃の葬儀1955年にエジプト・アレクサンドリアで生まれたドディは五人兄弟の長男。スイスの名門校ル・ロゼやウィリアム王子とヘンリー王子も通ったイギリスのサンドハースト王立陸軍士官学校を卒業している。
父はイギリスの老舗百貨店ハロッズの元経営者モハメド・アルファイドで、サッカーチーム・フラムFCとダイアナ元妃とドディが最後に宿泊したホテル・リッツ・パリの元オーナー。
モハメドの最初の妻でドディの母サミラ・カジョギは、サウジアラビア国王アブドゥルアズィーズ1世の担当医を務めた父親と悪名高い武器商人アドナン・カショギを兄にもつ。『インディペンデント』紙によると、ドディは子どもの頃、パリの実家やフランス・リビエラ、エジプトの首都カイロ、祖父母の住むエジプト・アレクサンドリアを行き来しながら生活。
15歳の時にロンドンに移住し「スポーツカーと美しい女性に目がないハンサムな男性」としてロンドンのパーティーシーンで一躍有名になったのだそう。
恋多き男ドディは、ジュリア・ロバーツ、ブルック・シールズ、ウィノナ・ライダー、ナンシー・シナトラといった名だたるスターたちと恋の噂に。1986年にモデルのスーザン・グレガードと結婚するも、わずか8ヶ月で離婚を決意した。
ロンドンのアラブ首長国連邦空軍基地で下級士官として働いた後、ドディは映画業界に転身し、第54回アカデミー賞で作品賞を受賞した映画『炎のランナー』(1981年)とデミ・ムーア主演の映画『スカーレット・レター』(1995年)の製作総指揮を担当。
一方で、この功績があるにもかかわらず、当時彼と仕事をした多くの人々は、父親が一家のプロダクションのほとんどの決定を下し、ドディは毎月贅沢な小遣いをもらって暮らしていたと、その後指摘している。
2009年に『ザ・ガーディアン』紙が掲載した記事によると、「有名になることを夢見る裕福なプレイボーイ」のドディは、友人にも「『ピープル』誌の表紙に載るくらい、一気に僕のことを有名にしてくれる女性はいないかな」と本音を漏らしていたという。そしてその願いは1997年、ダイアナ元妃によって叶うのだった。
しかしプレイボーイとして知られる一方で、静かで繊細な面も持っていたと『ヴァニティ・フェア』誌のライター、ドミニク・ダンは語っている。「周りがなんて言おうと、彼はとてもいい人だった。穏やかでとても優しいところがあった」
提供元:Yahooニュース

