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伝説のグラビアクイーン山田まりやが語る、「撮影で1年に20回サイパンに行っていた頃。そして現在」(現代ビジネス)

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1996年に16歳でデビューしてからの数年間は、まさに怒涛の日々でした。
あの頃はグラビアの撮影と言えばサイパンで、私は1年間に20回行ったことがあります(笑)。
【秘蔵カット】初々しすぎる!15歳で事務所に入ったころの山田まりやの写真はこちら
でも、自分に自信が持てなくて、「色気もないのに水着を着るなんて申し訳ないな」と思いながら撮影にのぞんでいました。
私の所属していた事務所・イエローキャブの先輩には、かとうれいこさん(1988年デビュー)、細川ふみえさん(1990年デビュー)、雛形あきこさん(1992年デビュー)といった、華やかで美しい方々がいましたから(笑)。
それでも仕事を続けられたのは、ひとつは事務所の野田(義治)社長が「よそはだんだん脱がせていくけど、うちは服を着せていく事務所だ」と言ってくれていたことが大きい(笑)。
ちなみに私は、ビキニの水着を着たことはグラビア撮影をするまで一度もありませんでした。
もうひとつは、「母と弟を私が守る」という気持ちがとても強かったためです。
私は14歳のときに原宿でスカウトされ、芸能界のことなどまったく知らなかったのにデビューを決意したのは、母と弟を連れて早く家を出たい、そのためには私が稼がなければ、と思っていたからでした。
父はお酒を飲むと暴れる人だったんです。私と母と弟は、私のデビュー直後に、家から夜逃げならぬ昼逃げをしました。
グラビアの仕事を3~4年続けるうちに、バラエティ番組やドラマ、ラジオ、舞台の仕事が増えていきました。
そうやってがむしゃらに働いていたら、23歳のときに体調を崩して症状が出るようになり、クローン病(炎症性腸疾患の一種)という難病の疑いがあると診断されてしまいました。心と体のバランスが崩れていたのでしょう。
それをきっかけに「まず人のこと」でなく、もう少し自分のことも考えたほうがいい、と初めて思えるようになったのです。 2008年、28歳のときに結婚して(相手は俳優、声優の草野とおる)、32歳で3680gの男の子を自然分娩しました。
安産でした。
体調を大きく崩して以降、食べ物に気を遣うようになり、食にまつわる多くの資格(マクロビオティックセラピスト、薬膳インストラクターなど)を取得し、出産後はさらに食に対する意識を高めています。
今年1月には、念願のオリジナルブランド「Mariya’s chois(マリヤズ・チョイス)」をデビューさせ、大豆ヌードルや、ミンチタイプの大豆ミートなどをたくさんの方々にご愛食いただき、何度も売り切れになるほどの人気です。
今後さらなる商品展開をしていきたいと思っています。
また、6月には一般社団法人「MwM Japan(ムゥム・ジャパン)」を設立しました。
親の不安が子供に伝染し、希望を持つ力=自己肯定感が低下する原因のひとつになっています。
だから子供の人格が育まれる時期に、たくさんの愛と栄養を届けてあげたい。
母子ともに豊かに暮らせるシステムを作ることを目標に、シングルマザーの雇用支援につながる活動に力を入れたいと思っています。
私の息子はいま9歳です。
私の出演作『ウルトラマンダイナ』を観て、一時は本気で地球を守ろうと考え、極真空手などを習っていました。
強くなったかどうかはわかりませんが、バク転ができるようになりました(笑)。
お腹も心も満たされる心躍る毎日を、大人も子供も過ごせる。そうなることを私は願っています。
提供元:Yahooニュース

