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国際派女優となった島田陽子さんを“潰した”のは誰だったのか?(城下尊之)(日刊ゲンダイDIGITAL)

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城下尊之【芸能界ぶっちゃけトーク】
島田陽子さんが亡くなった。3年前から大腸がんを患い、闘病生活を送っていたそうだ。ワイドショーでさんざん扱われ、僕らもあらゆる場面で直撃取材を試みたことを覚えている。1980年の米NBCテレビドラマ「将軍 SHOGUN」のヒロイン役が当たり、27歳の若さでゴールデングローブ賞の主演女優賞を受賞した。そして「国際派女優」として大物の扱いになったのだが、あの故・内田裕也さんと不倫関係になり、内田さんと妻の故・樹木希林さんの離婚裁判のきっかけをつくった格好だ。
島田陽子さん追悼秘話 ワイドショーとの仁義なき攻防戦、私生活でも「国際派女優」背負う
その後は多額の借金問題や金銭トラブルが続出し、最初こそ事情説明の囲み会見をしたこともあったが、次々に発覚することから答え切れずにノーコメントで逃げるような事態になった。当時のワイドショーは、彼女が別に返答しなくても、その姿を放送するだけで話題のひとつとして成立した。いわば、ワイドショースターだった。
■僕も取材でヨイショしすぎた
その頃、僕はなかなか取材できない彼女にツテがあって、単独インタビューができることになった。“大物”だから「横浜近辺に良いスペースを見つけて用意して」というので、海のそばの高級ホテルのスイートルームを時間借りした。その上でバルコニー側のカーテンを全開にし、そこから差し込む光に負けないくらい、照明キットをいつも以上に立て、イヤというほど明るくした。彼女に限らず女優というのは皆、照明が強いほうを喜ぶもの。多少のシワなら飛んでしまうと信じているからだ。
案の定、部屋に入った島田さんはニコニコ顔になり、バルコニー側から外を眺めながら「風景がきれいだわねぇ」と満足げだった。何を言っていいのか分からなかった僕は、つい「景色より、島田さんのほうがきれいで目が離せませんよ」と歯の浮くような言葉をはいた。島田さんは「何言ってんだか」と言いながら、さらに上機嫌になっていった。「何を聞いてもいいわよ」と相成ったことを覚えている。
ただ、この取材も含め、周囲の下にも置かない扱い方により、島田さんは大物女優の意識が強くなり過ぎたのかもしれない。例えば、知り合った会社社長から100万円単位のお金を用立ててもらっても、その会社のパーティーに顔を出して挨拶のひとつでもすれば、「それでチャラ」という感覚でいただろう。まあ、営業ギャラの前払いのつもりだったろうか。
あれから20年以上、島田さんの活躍を聞かなくなっていた。彼女にやり手の優秀なマネジャーが当時ついていれば、状況は変わっていたかもしれない。
(城下尊之/芸能ジャーナリスト)
提供元:Yahooニュース

