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【7月28日が命日】江戸川乱歩は不遇時代、ラーメン屋をやって糊口をしのいだ(現代ビジネス)

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7月28日は江戸川乱歩の命日である「石榴忌(ざくろき)」。1934年に発表された中編小説『石榴』にちなんで、この名前になりまいた。ということで、『文豪たちの住宅事情』から、乱歩の意外な過去をご紹介します。
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 〈「あの泥坊が羨しい」二人の間にこんな言葉が交される程、其頃は窮迫していた〉

 江戸川乱歩のデビュー作『二銭銅貨』は、こんな書き出しから始まる。この物語の構想を練っていた頃、25歳の乱歩は東京・駒込で二人の弟と古本屋「三人書房」を営んでいた。1階の土間に本棚が並べられた団子坂上の店は、密室殺人を描いた『D坂の殺人事件』のモデルにもなっている。

 祖母の形見分けの1000円を元手に開業した古書店だったが、経営状態は芳しくなかった。そこで、乱歩が生きていくために始めたのが「ラーメン屋」である。

 チャルメラを吹いて屋台を引き、ラーメンを売る。今でも飲み会帰りのサラリーマンを誘惑する「ラーメン屋台」を、あの乱歩もやっていたのだ。 日によっては一晩に10円以上の売り上げがあり、経費を引いた利益は7円ほど出たという。悪い日でも3~4円は稼げる。一日50銭の生活費でなんとか生き延びていたこともある乱歩にとって、ラーメン屋は旨味の多い商売だった。

 だが、この生活は長くは続かなかった。1919年11月、村山隆と結婚をしたからだ。乱歩は就職を決意し、翌年2月には東京市役所社会局に奉職した。

 結婚後の乱歩は、生活と文学の間で揺れ続けた。公務員としての仕事は結局半年しか続かず、夏頃には居候をしていた井上勝喜と智的小説刊行会の立ち上げを計画。「読売新聞」に広告を掲載したものの反響がなく、挫折した。貧窮した乱歩は、妻の持ってきた衣類を質に入れることもあった。

 そしてその年の10月、経営に行き詰まった古本屋を廃業する決断をする。夫婦揃って大阪に住む父の家に身を寄せ、乱歩は大阪時事新報の記者となった。 小説家として世に出たのはそれから3年後、乱歩は29歳になっていた。

 人生に迷い職を転々とした若き日のほろ苦い記憶は、きっと数々の作品に染み出している。そう思うと、江戸川乱歩の作品がより味わい深く感じられることだろう。

 (櫻井)

 おまけ:あの文豪も、こんな仕事をしていました

 「週刊現代」2022年7月23・30日号より

提供元:Yahooニュース
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