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『鎌倉殿の13人』、13人の「登場回数」と「初登場回」を徹底調査して見えたこと(現代ビジネス)

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鎌倉殿の13人は、27話にして、やっと『鎌倉殿』と「13人」がそろった。
ドラマの半分をすぎて、「タイトルを回収」できたわけであった。
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第27話の「鎌倉殿と十三人」の回である。
よけいなことながら、ドラマタイトルは「13人」表記であるが、27話サブタイトルが「十三人」と漢数字になっていて、けっこう奇妙であった。まあ、それはいい。
「頼家の親裁を停止して、御家人の十三人がその裁定に加わることになった」、とされる歴史事実にもとづく展開である。
でも、ドラマは自由だった。
「なんで13人になってしまったんだよ!」という展開をコミカルに見せ、三谷幸喜ワールド全開である。痛快であった。
13人の選定について、ドラマで描かれていたことはおそらくほぼすべてフィクションだろう。
そもそも、13人によって「合議」ということが実際に行われていたのかどうかさえ定かではない。
頼朝の死後、中心を失って不安定になった政権が、この有力御家人たちによって運営されていたのは確かであろう。ただ、なぜこの13人なのか、それを選んだ意味も、その職能も、詳しくはわかっていない。
13人が一堂に揃ったことがあったのかどうかもわからない。
歴史的な資料がないからだ。
でもそこを三谷幸喜はうまく使った。
彼は、アメリカの陪審員制度が「12人の全員一致」であることをきっかけに『12人の優しい日本人』という映画を作り、そしてそれを『鎌倉殿の13人』につなげたように見える。脈絡がないからこそ、そういう遊びの精神が感じられる(だからアラビア数字なのではないだろうか)。 27話では、13人が選ばれる過程のドタバタを描き、そこに選ばれる人、選ばれない人の人間模様をコミカルに、ときにシニカルに描いた。
奇数に意味はない。
多数決したら奇数のがいいからと考える向きもあるかもしれないが、陪審員制度にも、12世紀の暴力的鎌倉の政権にも「多数決の思想」はない。
多数決が政治システムとして意味を持つのは国民国家以降である。
国民であるだけで兵隊とされることで、「ひとつの命で一票」と認めらて以降の政治制度でしかない。
それ以前の人類の歴史は(そして現世界の少なくないエリアでも)多数決によって政治決定が行われることはなく、「力のある者の一方的な決定」がすべてとなっている。
12世紀から13世紀にかけての、乱暴な暴力集団(いわゆる武士)の集まりである鎌倉政権に、純粋な多数決思想は存在しない。
源頼朝という絶対存在のもとに集まった御家人たちは、それぞれのエリアの領主であり、私領の広さ、収穫の多寡、すぐに動かせる私軍の兵隊の数が、それぞれ違う。
13人集められたからって、みんな同じ力量のもの同士だとは誰もおもっていない。
坂東彌十郎が演じる北条時政から想像するとわかりやすい。
集まって何かを決めているとき、彼なら「おれは時政だ、おれの発言はこいつら5人分を足してもそれ以上に意味がある。数だけで決めるなんて、おれは認めねえ」と言い出すだろう(多数派工作をしていながらも最後にはそう言い出しかねないのが時政である)。
全員そう考えている。そういう連中の集まりである。
奇数に意味はない。
彼らは代議員ではない。選挙で選ばれた知事でもない。
おそらく「ほぼ暴力」でエリアのボスになった連中だ。多数決で決まるなら仕方ないという穏やかな感覚は持ち合わせていない。
少数派であろうと暴力的子分はこっちのほうが多く集められるぜとおもったら、引かないだろう。
実際にこののち、力による粛清が繰り返し行われていく。
提供元:Yahooニュース

