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hideと親交のあった音楽ライター・大島暁美が語る『TELL ME ~hideと見た景色~』…「hideさんはきっと感謝していると思う」(MOVIE WALKER PRESS)

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X JAPANのギタリストでありソロアーティスト(hide with Spread Beaver/zilch)として世界的な活躍を期待されながら、24年前にこの世を去ったギタリスト、hide。その実弟で、hideのパーソナルマネージャーを務めていた松本裕士の著書「兄弟 追憶のhide」をもとに、hideが遺した音楽を世に届けるために奮闘する弟と仲間たちの軌跡を描いた映画『TELL ME ~hideと見た景色~』が公開中。MOVIE WALKER PRESSでは、hideがXとしてメジャーデビューする以前から親交があり、hideに関する著作を多く出版する音楽ライターの大島暁美に、本作を観てもらい、インタビューを実施。大島は「やはり最後は胸が熱くなりました」と興奮しながら話す。
【写真を見る】hideと大島暁美の貴重な2ショット
■「hideさんは、きっと自分の音楽を遺したいと思っていたと思います」
劇中ではhideの急逝後、非難を浴びながらも制作途中だった3rdアルバム『Ja,Zoo』を完成させ、hide不在のまま全国ツアー『hide with Spread Beaver appear!! ”1998 TRIBAL Ja,Zoo”』を開催するまでの裕士たちの姿がつづられている。
「hideさんがいないツアーの初日はよこすか芸術劇場で、私も観に行きましたが、やはりいつものように楽しくライブに向かえたわけではなかったことを覚えています。最初は会場全体も『どうなるんだろう…』という独特の雰囲気があって。けれどもライブが進むに連れて徐々に盛り上がっていったのは映画の中で描かれているとおりです。当時、hide with Spread Beaverのメンバーにもインタビューしていて、アルバム制作がすごく大変だったことなど聞いていましたが、そのエピソードが映像になったものを観ると、『こんなに大変だったのか』と改めて思い知らされた部分もありました」。
大島は弟の裕士とも面識があり、マネージャーになる前、hideからよく裕士の話を聞かされていたと言う。「『うちの弟は力が強いんだよ』とか『10歳くらい老けて見えるんだよ』とか、愛情の裏返しと言いますか、ギャグのようにして話をしていました(笑)」。映画でも幼少期のhideと裕士のやりとりが描かれており、嵐の夜に怖くて一人でトイレに行けない裕士をhideが脅かしてからかうエピソードは、実際に2人から聞いたことがあったそう。
「hideさんからは『あいつは怖がりだからおもしろくて』という感じで、後々になって裕士さんからもその話を聞いた時は、『絶対に脅かされるってわかっていたけど』って。同じ話なのになんとなくニュアンスが違っていて、おもしろいなと思った覚えはあります。裕士さんがマネージャーになって、hideさんに無理難題を押しつけられて苦労している姿もたくさん見ましたけど、やっぱりお兄さんのことが好きで、尊敬していたと思います。hideさんにとっては自分にないものを持っているのが裕士さんで、裕士さんにとっては自分にできないことをやってしまう憧れの存在がhideさん。お互いを信頼し合っていると感じていました」。
映画ではパーソナルマネージャーの裕士や共同プロデューサーでhide with Spread BeaverのメンバーでもあるI.N.A.の前に、レコード会社からアルバム発売中止を言い渡されたり、スタッフからも見放されたりするなど、様々な困難が立ちはだかる。いくつかフィクションもあるが、バッシングや嫌がらせは実際にあったそうで、それに耐えながら最終的にはツアーを成功させアルバムを完成させた。なぜそこまで頑張ることができたのか、そこにはやはり兄弟の絆があったのではないかと大島は語る。
「裕士さんも、きっと途中で心が折れそうになったと思います。でもそこは兄弟の絆で、『俺がやらねば誰がやる』みたいな気持ちがあったんじゃないでしょうか。それにhideさんは、きっと自分の音楽を遺したいと思っていたと思います。飲んでいる時、たまに冗談で“俺がいなくなったら”という話をしていて、『身体は滅びても自分が作った音楽は永遠に残るはずだ』って話していました。だから自分がいなくなっても、裕士さんたちがそれを伝えたり広めたりしてくれたことに、きっと感謝していると思います」。
■「JUONさんが演じたhideさんにそっくりの後ろ姿にハッとしました」
リアルに再現された90年代当時の時代考証も見どころの一つ。当時流行していたiMacやライブシーンで観客が持っているグッズなども当時発売された実物を使用。劇中に登場するhideを送迎する車も、hideが所有していた愛車「ダイムラー ダブルシックス」をレストアして撮影に使用されている。
hideというカリスマを自身もバンドでギター&ヴォーカルを務めるJUONが、髪をピンクに染めて好演。ライブシーンはもちろん、ふとした仕草など「ハッとするシーンがあった」と、JUONの存在感に大島も太鼓判を押す。
「亡くなる日の朝、裕士さんがhideさんを自宅まで送り届けて、hideさんがフラフラと建物に入っていくシーンがあるんですけど、ちょっと猫背気味で歩いて行く後ろ姿が、すごくhideさんに似ていました。たぶんJUONさんのほうが背は高くて全体のフォルムは違うと思うんですけど、hideさんそっくりというか…。ライブシーンは映像が残っているので参考にできたと思いますが、ああいう姿はほとんどないと思うので、どうしてできたんだろう?と、すごく不思議に思いました」。
この映画の中の主人公はあくまでも裕士であり、hideの人となりが描かれたシーンはそれほど多くはない。見た目の奇抜さや派手さ、破天荒なエピソードが先行して、実際のhideを知る者もすでに少ない。hideはどういう人物だったのか?大島は「とてつもない人でした」と語る。
「やりたいことがたくさんありすぎて、そのための努力は惜しまない。それを実行するためにはどうしたらいいか緻密に考えていて、そういう意味では有言実行の人。そして友達が多く、子どものような一面もあり、仲間想いで。本当に多才というか、多面的な魅力を持っている人でしたね」。
「いまだったら大問題ですけど(笑)、昔はミュージシャン同士で酔って殴り合いのケンカになることもよくあったんです。でも、ケンカが終わるとすぐ仲良くなって、みんな『俺、hideちゃんに殴られちゃってさ』とうれしそうに話すんですよ。たとえケンカをしても、hideさんのことを悪く言う人は本当に一人もいなかったです」。実際に劇中でもバンドメンバーの悪口を言った相手に殴りかかろうとして、メンバーに止められるシーンが出てくる。「逆にケンカの仲裁に入ることもありました。すごく後輩想いだし、YOSHIKIさんが主宰していたレーベル『エクスタシーレコード』にhideさんが紹介して、メジャーデビューした後輩バンドもたくさんいます」。
■「伝記ではないし音楽映画とも違う。ひとつのドラマとして観てほしい」
人間的な魅力はもちろん、hideはアーティストとしても多くの作品を遺した。その音楽性とファッションセンス、クリエイティビティの高さはいまも評価され続け、新たなファンを生み出し生前のhideを知らないZ世代のファンも増えている。「hideさんは常にあらゆる方面にアンテナを張っていた」と大島は続ける。
「パソコンは結構早くから取り入れていましたね。『これからはパソコンの時代だ』と言って、最初は全部自分でやろうとしていて。わからないことがあるたびにI.N.A.さんが呼び出されて、でも教えている途中でhideさんが寝てしまうということがよくあったそうです。ファッションに関しても、私が最初に会ったころはステージでインドのサリーを着ていて、額にビンディを付けて髪には小さな三つ編みを付けていました」。ファッションセンスは美容室を営んでいたhideの祖母ゆずりで、祖母は映画でもキーパーソンとして登場する。
また劇中にはhideの大好物だったという母親お手製の餃子が登場するシーンがあり、大島にも懐かしい光景として映ったよう。「お母さまの餃子はファンの方の間でも有名で、私も初めて食べた時は感激しました。『これがhideさんの言っていた餃子だ!』って。量が多いのはもちろん、1個1個もすごく大きくて。すごくおいしくていくらでも食べちゃうので、hideさんが子どものころ太っていた理由がわかります(笑)」。
これまで数多くのhideに関する著書を出版してきた大島は、『TELL ME ~hideと見た景色~』について、「hideさんの映画ではあるけど、伝記ではないし音楽映画とも違う。ひとつのドラマとして観てほしい」と話す。「hideさんの映画だからと肩ひじ張らずに、普通の映画を観に行く感覚で観てもらいたいですね。そしてそこに描かれている友情とか家族愛を感じながら、hideさんの音楽のすばらしさも感じてもらえたらいいなと思います」と話す。
この映画を、hideの音楽をもっと知りたいと思うきっかけにしてほしい。最後に、大島に思い出のエピソードを語ってもらった。
「基本的に寂しがり屋で、飲み会が終わりそうになると『もう一軒行くっしょ!』が彼の口癖でした。よほどのことがない限り、自分から『お開きにしよう』とは言わないんです。その理由を、『自分がいないところで、おもしろいことが起こったら悔しいから』と本人は言っていました。お酒を飲んでる間でも、アンテナを張って楽しいことを探している姿から、hideさんの好奇心旺盛なポリシーが感じられて、『すごいね』って一緒に飲んでたみんなで話してたのをよく覚えてます」。
取材・文/榑林史章
提供元:Yahooニュース

