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「講談は制約があるけど、小説ですと自由に書けました」【神田茜大いに語る】(日刊ゲンダイDIGITAL)
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【講談師・神田茜大いに語る】#5
2002年、落語協会に入会した茜は寄席に出られるようになったが、当時、幼児だった2人の子供の世話と家事で忙しく、高座に上がる機会は少なかった。その欲求不満を晴らすように、新作講談を作り続けたという。
実力はたまた人気?「寄席のトリ」はどうやって決まるのか
「忙しい間でも、家で書くことはできますから。漠然と、新作講談集みたいな本にならないかなあと思って書いてました。知り合いの編集者に相談したら、『講談じゃ本にならないから、小説にしてみたら』と言われて、小説形式に書き直した結果、短編集として刊行されたんです」
2007年に出た処女作、「フェロモン」(ポプラ社)である。
「講談は制約があるけど、小説ですと、登場人物を何人出しても、演じる必要がないので、自由に書けました」
しかし、小説の世界も甘くない。次回作がなかなか本にならなかった。
「文学賞でも取るしかないかと、いろんな賞に応募しました。その中で、『女子芸人』という長編小説が、新潮社のエンターテインメント大賞に選ばれたんです。選考委員長は作家の三浦しをんさんでした」
その当時、「〇〇女子」という呼び方が流行していた。「女流」と呼ばれる芸人を「女子」と称したのがいい。私も読んだが、主人公の考え方や生き方が、「わかるなあ」と思わせる秀作であった。
「主人公は講談師ではなく、漫談のピン芸人ですが、私の体験がずいぶん入ってます。失敗談が多かったのがよかったのかも」
私は受賞パーティーに出席して祝辞を述べた。茜のパーティーには、真打ち披露、結婚披露宴、受賞パーティーと3度も出ていると。
「3度もありがとうございました。ただ、結婚は失敗に終わってしまいましたが(笑)」
茜は2017年に林家彦いちと離婚した。あえて原因は聞くまい。
「離婚後、会うことはありませんね。今年の正月初席の寄席で、すれ違ったくらいですか(笑)。子供たちはよく会ってるみたいです」 (つづく)
(聞き手・吉川潮)
提供元:Yahooニュース