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陰のある百恵、明るい聖子に対し…中森明菜は「謎めいた不良」だった【芸能記者稼業 血風録】(日刊ゲンダイDIGITAL)

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【芸能記者稼業 血風録】#64
山口百恵、松田聖子に続いて最強アイドルの座に就いたのが中森明菜だった。百恵と同じ「スター誕生!」出身だが、「幼い顔で暗い感じ」というのが周囲の印象で期待値はさほど高くなかった。
1982年、16歳でデビュー。伸びやかな声で次々とヒット曲を連発する。楽曲に合わせた斬新で大人っぽい衣装も目をみはった。ミニの可愛らしい服がアイドル歌手の定番だったイメージを覆すものだった。聞くところによると本人の意向も取り入れられていたという。
百恵が陰のある子、聖子が明るい少女なら、明菜はどちらにも属さなかった。2枚目のシングル「少女A」の大ヒットの影響もあってか「不良っぽい謎めいた子」というイメージがついた。ファン層も暴走族風の不良っぽい男の子が主流となった。新たなアイドルの誕生にメディアも注目。身辺取材に動き出していた。
「頻繁にマネジャーを代える」などわがままぶりの話が伝わってきた。「売れたらわがままぐらい当たり前。スターになった証拠」と軽く受け流していたが、後にこのわがままが歌手生命に少なからず影響を与えることになる。
その後、ジャニーズのトップアイドルだったマッチこと近藤真彦と明菜が映画「愛・旅立ち」で初共演。やがて「映画の恋人役が私生活でも恋人関係になっている」という情報がまことしやかに流れ始めていた。百恵も三浦友和と、聖子は神田正輝といずれも映画共演がきっかけで恋に発展、結婚している。「明菜も……」とメディアは浮足立った。狙うは決定的なツーショットなどの交際現場。
「まず2人が外でデートするはずはない。ホテルも使わない。あり得るのはお互いの部屋。普通なら女性の部屋に男性が泊まりにくるパターンが多い」と芸能記者は長年の経験から読むが、そう簡単なことではない。半ば諦めムードが漂っていた時だった。写真誌「フォーカス」が現場を撮った。
フルフェースのヘルメットで顔を完全に覆い、ミニバイクで明菜のマンションに通うマッチ。ツーショットが当たり前の現在からすれば、物足りなさもあるが、「明菜の部屋に通っているという確証を得ているからマッチの写真だけでも決め手となった。顔をすっぽり隠すようなヘルメットをかぶっていること自体、怪しい」という見方だった。
2人の仲は半ば公然になり各誌、取材にも熱が入った。麻布十番近くの明菜のマンションはオートロックで駐車場は地下。お手上げだった。「2人は結婚するかもしれない」という情報も囁かれていたが、当時のジャニーズ事務所は「結婚どころか恋愛も厳しい」といわれた時代。「ないだろう」という見方のほうが多数を占めていた。
そんな中、起きたのが明菜の自殺未遂だった。1989年7月、六本木にあったマッチの自宅マンションで手首を切った。幸い命に別条はなかったが、留守中の彼の部屋で自殺を図ったことは何を意味するのか?難攻不落の取材が始まった。
(二田一比古/ジャーナリスト)
提供元:Yahooニュース

