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<5>ストリップ劇場のギャラで食べた「貧乏定食」100円ナリ【マギー司郎 大いに語る】(日刊ゲンダイDIGITAL)

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田端のアパートの一室に集まる「田端グループ」の若手芸人は、金を稼いできた者が他のメンバーにおごる習慣があった。
「ストリップ劇場の10日間のギャラが入ると、皆が待ってるから持って行ってやろうと思っちゃうんです。部屋が2階にあって、1階がスナックでした。僕のギャラで皆が店で食べられる。ご飯に味噌汁、目玉焼きが付いた定食が100円。『貧乏定食』って言ってました。苦しい時はお互いもたれ合う、芸人はそういうもんなんです。金がない時は、スナックの裏の階段に置いてあるお米や酒類をちょっとずつ盗んでましたね。ママは知ってて黙認してくれました。昔の水商売の人たちは情がありましたよ」
マギーはじめ、ゆーとぴあ、コント・レオナルドがテレビで売れて有名になった頃、スナックのママの娘が結婚することになり、披露宴に田端グループ一同が出席した。
「ホープちゃんがママに言うのよ。“昔、世話になったから、こうして皆が出席してる。正式にギャラを払って俺たちを呼んだら大変だよ。面倒見ててよかったね”。そういう恩を着せるんだから、悪い連中でしょ」 ホープが、マギーの北海道巡業に付いてきたことがあったという。
「ホープちゃんがゆーとぴあを結成する直前でしたか。『付いてっていい?』と言われると断れないのよ。寝台列車の乗車賃を払い戻して、鈍行の夜行列車で青森まで行って、青函連絡船で函館、最初の巡業先の浦河へ着きました。ホープちゃんはマネジャーみたいな顔をして、ストリップ劇場の支配人に挨拶してる。1週間くらい巡業して最後の地、札幌に着いて、10日間興行だから、同じ宿に泊まるんだけど、支給された宿代を浮かせるために、50過ぎの女将の夜の相手をしました。それも2人交代にだから、笑っちゃうでしょ」
ある意味、ホープと「兄弟」になってしまった。
「3日目に、ホープちゃんが東京に帰りたいと言い出した。それはいいんだけど、『飛行機代貸してくれ』と言われた時は、さすがにムッとしましたね。2人で来る時は鈍行の夜行列車だったのに、1人で帰るのに飛行機はないですよ。ただ、そういう失礼に免疫ができちゃって、怒れないのよね」
どこまで人がいいのかと感服する。=つづく
(聞き手・吉川潮)
▽本名・野澤司郎。1946(昭和21)年3月17日生まれ。茨城県下館町(現・筑西市)出身。17歳で上京。20歳からプロのマジシャンとして活動開始。現在はマギー一門の領袖として多くの弟子を抱える。日本奇術協会相談役。
提供元:Yahooニュース