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高田ぽる子が語る メイド喫茶でバイトしていた北海道時代とお笑い芸人を決意するまで(日刊ゲンダイDIGITAL)

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【役者・芸人「貧乏物語」】
高田ぽる子(ピン芸人/23歳)
昨年の「R-1グランプリ2021」で史上最年少となる22歳で決勝進出、4位に輝いた新星女ピン芸人・高田ぽる子さん。地元北海道ではメイド喫茶でアルバイトをしながら女優を目指していたが、上京して芸人に転向後は芸歴わずか2年で決勝へ。しかし、今もバイトの日々……。
上島竜兵さんへの供養も笑いに…「ダチョウ倶楽部」2人の仕事復帰
◇ ◇ ◇
最初は舞台女優やミュージカルをやりたいと思い、専門学校に通うために札幌で一人暮らしを始めて。
なぜ舞台やミュージカルを目指したかというと修学旅行で劇団四季を見て、圧倒的なパフォーマンスに衝撃を受けたからです。「舞台で表現する仕事をしたい!」と決めました。
札幌では親から8万円の仕送りをもらっていたのですが、私はぽっちゃりしていて容姿がよくなかったので、プールに通って痩せたり、カワイイ洋服のためにお金が必要で、バイトをかなりしてました。
当時メイド喫茶でバイトをしていて、北海道だから時給は1000円前後。生活はカツカツなので他のバイトとかけもちで週4か5やっていました。
注文を頼まれると、他のメイドたちは両手でハートマークをつくり、「萌え萌えキュン!」とお客さんとおまじないをやるんですけど、私は「ありきたりは面白くないな」と考えて。
「チチンプイプイ、おいしくな~れ!」と一緒に唱えてもらった後、私がリコーダーで「トゥットルルー!」と吹き、「おいしさが100上がったよ!」と言うんです。ウケはよかった(笑)。
でも、目立つから他のお客さんにも見られて、頼んだお客さんにすればレア感はあまりないみたい。
節約のために学校にお弁当を作って持っていったり、学校の向かいの家電量販店の中で売られているメチャクチャ安いお菓子を食べたりしてました。ひたすらビスコを食べるとかしてましたよ。
■俳優志望からお笑い志望に
お笑いをやろうと決めたのは学校の俳優コースには俳優オーディションと別にお笑いタレントオーディションがあり、先生から「君はバラエティー系の方がいいんじゃない?」と勧められたこと。
年1度のオーディションにはいろんなプロダクションの方が見にきていて、1年でも2年でも出てみたんですけど、1年の時はまだ俳優になりたい気持ちが強くて。
でも、2年で出た時には俳優への気持ちが冷め始め、見に来ていた今の事務所のマネジャーに「君は芸人でもいいと思うけどね」と言われ「俳優より芸人いいかもしれない!」と(笑)。それが19年の初めでした。その年の卒業後にすぐ上京。でも、そこからはさらに貧乏で! 今の事務所に入るためにはオーディションに通わなければならず、オーディションと印刷会社でのバイトの日々。
「駅が近い部屋がいい」と不動産屋さんに伝えると、勧められた物件が日暮里・舎人ライナーの舎人駅。家賃4.6万円で安かったし、駅から徒歩30秒で「すごくいい!」と最初は思ったけど、舎人ライナーで行き来する交通費がすごくかかってしまって!
仕事はブルーライトが私は苦手で、キツかったので、しばらくして辞めてしまいました。だからお金は常になかった。
■乳首ネタでR-1決勝に出られて夢見心地
事務所のオーディションに出続けてどうにか所属できたのが、上京から1年半。でも、その半年後に「R-1」で決勝に行けました! 上京からは約2年なのですごく早かったと思いますし、決勝は夢見心地でした。乳首のネタでしたけど、両親は「うれしい!」と喜んでくれた。
今もバーとカフェでバイトをしています。来年の「R-1」でも頑張りたいです。それと絵や音楽も好きなので、ネタに生かすだけではなく、表現していきたいというのが目標です。
あとプライベートな目標は28歳までに母になっていたいんです。結婚する相手は……まだいませんが(笑)。
▽本名=高田侑奈 1999年1月北海道出身。札幌放送芸術&ミュージック・ダンス専門学校を経て19年からピン芸人として活動。ネタ番組で注目される、期待の若手女芸人。
提供元:Yahooニュース

