
-
夜遊び夜遊び
-
お水お水
-
ホストホスト
-
風俗風俗
-
ビューティビューティ
-
ファッションファッション
-
悩み相談悩み相談
-
モデルモデル
-
芸能芸能
-
雑談雑談
-
食べ物・グルメグルメ
-
生活生活
-
恋恋
-
インターネット・ゲームネット・ゲーム
-
ギャンブルギャンブル
-
過去ログ倉庫過去ログ倉庫
-
運営運営
元「やじうまワイド」MC吉澤一彦さんは今…視聴者から「うちの婿に」の手紙が何度も【あの人は今】(日刊ゲンダイDIGITAL)

-
【あの人は今こうしている】
吉澤一彦(元テレビ朝日アナウンサー/67歳)
1980~2000年代、サラリーマンがよくチェックしていた朝の情報番組「やじうまワイド」(テレビ朝日系)。新聞各紙のその日の紙面をいち早く紹介・解説してくれるので、出社前の忙しい時間に重宝されていた。その番組の総合司会をしていたのが、テレ朝の局アナだった吉澤一彦さんだ。やや強引な進行に“キングカズ”の愛称がつけられもしたが、ファンは多かった。吉澤さん、今、どうしているのか。
【写真】「やじうまワイド」でMC 58歳の玉利かおるさんは今何を?
◇ ◇ ◇
「7年前にテレビ朝日を定年退職しました。もう67歳ですから、年金と退職金を取り崩しての厳しい生活ですよ(笑)」
東急線・田園調布駅そばのカフェで会った吉澤さん、まずはこう言った。
年金生活といってもくたびれた感じはまったくなく、引き締まった体にスラリと長い手足、テレビ画面からはわからなかったが、身長も高く、カッコイイ。「2センチ縮んだ」と言いつつ179センチ、体重は60キロ台だそうだ。
「年をとると足腰が衰えるので、とにかく筋肉が落ちないように、ジムに週2~3回通い毎回3時間、バーベルやダンベルを使って鍛えています。一応、腹筋は割れていますよ」
すごいなあ。なぜそこまで?
■定年退職した翌年に前立腺がんの全摘手術
「実は、退職後すぐに前立腺がんと判明しまして、健康で元気でいたい、という気持ちが強いんです。退職前から腫瘍マーカーの数字が高めだったので、退職を機に生検を受けたところ判明し、退職した翌2016年の7月に全摘手術を受けました。幸い転移はなく、今は半年に1度の検査だけ。ところが、それから体力・筋力をつけようと熱心にジム通いをしたらやり過ぎて、今度は鼠径ヘルニアに。退職3年で2回も入院・手術するハメになってしまいました」
それは大変だったろう。今は体調バッチリだ。
「ジム通いのほかは、定年後の趣味になった神社仏閣の御朱印集めや料理をしています。テレビもよく見るようになりました。『情熱大陸』などのドキュメンタリーや『相棒』、大河などのドラマも見ますが、とくに深夜番組は新鮮。局員時代は長く朝の番組を担当し、だいたい夜10時すぎに寝て、朝3時起きの生活でしたから、あれこれザッピングしながら楽しんでいます」
仕事はもうバリバリやる気はないのだろうか。
「退職当初は地方のライオンズクラブに呼ばれて講演をしたり、地方局のアナウンサーの指導に行ったり、高校の同級生に声をかけられ拓殖大学の客員教授として講演や就職セミナーをやったりしていました。それがコロナでできなくなり、今はアナウンサー志望の学生に熱心に求められたらアドバイスをしたり、アナウンス学校でスポーツ実況の指導をしたりするぐらい。もっとバリバリ仕事して学生の熱量に応えたい気持ちと、のんびりやりたい気持ちと半々ですね。深くは考えていません」
そもそも、定年の前にフリーになろうとは考えなかったのか。同期の古舘伊知郎は29歳で独立している。
■古舘は天才 僕とはタイプが違う
「古舘は天才。僕とはタイプが違う。僕もフリーにならないかと誘われましたが、フリーでやる性格ではなく、月~金の生放送の『やじうま』の仕事にやり甲斐も充実感も感じていましたから。扱うネタの選択を任されてもいましたし、企業の社長さんが朝、新聞を持ってきた秘書に『「やじうま」を見てきたからいらない』と言ったとか、NHKのニュース担当デスクが『やじうま』を参考にしていた、などと聞いて影響力も感じ、励みにもなっていました」
さて、北海道生まれ、東京育ちの吉澤さんは、小学生のとき先生に朗読を褒められアナウンサーを夢見るように。慶大卒業後、テレ朝に入社。1985年から2002年まで、「やじうまワイド」の総合司会を務め、その後も「やじうまプラス」や「やじうまテレビ!」で長く新聞コーナーを担当した。
■アンチからはうんこが2回…
「視聴者からは『うちの婿に』というお手紙をよくいただきましたが、きついクレームもあり、アンチからはビニール袋に入ったうんこが2回送られてきました(笑)。2ちゃんねるでは何度もスレッドが立ち『偉そうだ』などと書かれているのを見ましたが、そんなつもりはなかったんですよ。三宅久之さんや大島渚監督ら主張の強い方々がコメンテーターでしたから、一方に偏らないよう、逆の意見を投げかけトータルでバランスをとる司会進行を心掛けていただけ。今のように、SNSが発達した時代だったら炎上して大変だったでしょうね」
87年に、5年後輩の廣瀬雅子アナウンサーと結婚し娘が1人。都内で3人暮らしだ。
「娘は“男らしい世界”が好きみたいで、芸能事務所『石原プロモーション』で舘ひろしさんや徳重聡さんのマネジャーをやっていた時期もありました。事務所が去年解散したので、今は次の道を模索中。結婚はまだ。これは縁ですから、親としては自分の人生をしっかり楽しんでほしい、と願うばかりです」
(取材・文=中野裕子)
提供元:Yahooニュース

