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“眞子さんの乱”長期化は、親身になって皇族を守る側近官僚がいなくなったことが原因【皇室のトリビア】(日刊ゲンダイDIGITAL)

【皇室のトリビア】#65

 皇室には「オモテ」と「オク」があり、時代に対応した改革が進んでいないことを前回書いた。「眞子さんの乱」が長引いた原因もそこにあるように思える。男尊女卑の「オク」が変わらなければ、皇族の結婚はさらに難しくなるだろう。それには、同時に「オモテ」の改革も必要になる。「オモテ」の改革とは宮内庁の改革のことである。これがなかなか簡単ではない。先に昭和天皇が宮内庁のセクショナリズムを批判したと述べたが、こんなことも語っている。

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〈宮内庁へ人の来ぬのは、経済上の不利の理由もあろうが、立身出世主義である事が主原因だと思ふ。自分の為、自分を光らせるといふ事に熱心で、自己の利益、権利、自由といふ事を主張して(略)権利だけで義務の念がない〉(「昭和天皇拝謁記〈1〉」)

 戦後のデモクラシーをはき違え、自己中心的な人が増えて良い人材が集まらなくなったとこぼされたようだ。

 宮内庁の職員が変わったのは戦後かもしれない。戦前の宮内省は内閣から独立していて、宮内大臣をコントロールできるのは天皇だけだった。また上級職員は天皇の名において雇い、天皇が認証する天皇の官吏だったが、戦後は内閣の下部組織になって天皇は人事権を失った。現在、一般職員には国家公務員試験に合格した者などが採用されるが、長官や次長、式部官長、皇嗣職大夫など上層部は霞が関の官庁から送り込まれる。上が日和見を決め込めば、下もそれに追随するだろう。それでも、1980年代までは、まだ戦前の面影があったという。

 記者会見でお言葉を聞けるのは今も昔も同じだが、美智子さまが妃殿下の時代には、それ以外に両殿下のお気持ちを代弁する人たちがたくさんいたと、古参の皇室記者から聞いたことがある。

「お言葉が少なくても何となく東宮の空気を忖度できたものだ。ところが今は、(徳仁)皇太子ご夫妻のお気持ちを知ろうにも、語る人がいない。たとえそういう人物を探し出しても、どんな『ご遠慮』があるのか、口を閉ざしてしまう。どうしてこんなに言葉が少なくなってしまったんだろうね」

 ちょうど雅子さまが「適応障害」で御所に引きこもるようになった頃だったが、元女官からこんなことを言われたことがある。

「妃殿下がご病気だとわかっても、こちらからうかがうこともできない世界です。ここで私がしゃべったことがわかったら、どんな仕打ちがあるか……」

 肩をすくめて、申し訳なさそうにつぶやいたのを思い出す。

 その頃、古手の宮内庁職員から「平成の世になってから官僚の発言が強くなり、宮中が次第に変わってきた」とも聞いたが、おそらく御代替わりを機に、昭和天皇とともに歩んできた職員が辞め、かわりに新たな官僚たちが入ってきて、宮内庁の官僚化がさらに進んだということだろう。雅子さまが「適応障害」と診断されたときも、彼らはいったいどんな努力をしたのだろうか。「眞子さんの乱」が4年も続いたのは、組織が硬直化しているからではないか。

 平成の天皇が「国民と苦楽を共にする」象徴天皇を模索しているとき、側近の官僚たちは何をしていたのだろう。天皇が変わろうとしているのに、変わる努力をしてこなかったから、結果として「眞子さんの乱」につながったのではないか。

 かつて皇室は、小泉信三のような堅固な“藩屏”に守られていたが、今はそういう人たちがいなくなってしまい、天皇家は裸のまま危機にさらされている。面従腹背の官僚ばかりでは、政治家の道具にされかねない。 (つづく)

提供元:Yahooニュース
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