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乙羽信子と新藤監督の“終活”でもあった『午後の遺言状』 さらばスバル座・忘れられないあの名作(夕刊フジ)

【さらばスバル座 忘れられないあの名作】
「スバル座」と聞いてまず思い出すのは、JR有楽町駅の改札を出て横断歩道を渡ったところにある上映作品紹介のショーケースだ。前を通ると必ず目がいく。
新藤兼人監督の『午後の遺言状』もこのケースに入り、スバル座で独占ロードショー公開されたのは、1995年6月3日だった。
老女優・森本蓉子(杉村春子)の蓼科高原の別荘が舞台。別荘は農家の主婦の柳川豊子(乙羽信子)が管理している。かつて蓉子の芝居仲間だった登美江(朝霧鏡子)と夫の藤八郎(観世榮夫)が訪ねてくるが登美江は認知症だった。
夫婦が去った後、豊子はひとり娘のあけみ(瀬尾智美)と村の若者(松重豊)の結婚を伝え、あけみの父は蓉子の夫だと告白する。数日後、ルポライターの矢沢陽子(倍賞美津子)が登美江夫婦が直江津の海で心中したと知らせにくる。蓉子は豊子とともに直江津に向かう…。
蓉子と登美江と藤八郎は75歳、豊子60歳という設定で、新藤の「人は、生きているかぎり、生きぬきたい」という言葉がキャッチコピーだった。
認知症や過去の告白、夫婦心中など人生をどう締めくくるかに向き合いつつも、今を精いっぱい生きようとする強い意志が、主人公たちが元気よく林を歩くシーンに結実している。
この作品は豊子を演じた乙羽の遺作になった。彼女は末期の肝臓がんで余命宣言を受けていたが、共演者もスタッフも知らなかった。
51年に新藤の監督デビュー作『愛妻物語』に主演した彼女は、最後まで新藤作品のヒロインとして輝き続けたのだ。
実は公開前、新藤監督にロングインタビューをさせてもらった。乙羽との出会いから94年12月22日の逝去まで、淡々とした話しぶりがより哀しかった。
妻であり、女優であり、共に闘う同志だった夫婦の生きようは駆け出しだった私にはただただすごかった。
まだ“終活”という言葉がなかった時代に、作品と私生活の両方で人生の終わりに向き合った新藤と乙羽に敬意を感じる秀作である。 (おかむら良)
■午後の遺言状 1995年公開。新藤兼人監督。第38回ブルーリボン賞と第19回日本アカデミー賞で最優秀作品賞を受賞した。乙羽信子の遺作であり、杉村春子の最後の映画主演作でもある。
提供元:Yahooニュース