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「血みどろの現場」でも冷静に犯人を拒絶!勇敢すぎる「アン王女」誘拐事件(婦人画報)

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1950年代から70年代にかけて、エリザベス女王は4人の子どもたちの母として、そして英国42代目の統治者としての役割をまっとうし、30代40代の女盛りの日々を大車輪で送りました。
そのなかには、王室一家のイメージを覆すような事件も次々と勃発しましたが、ピンチのときの女王の判断や差配は心ある絶妙なもので、人柄と品格を十分に表すものでした。
わたなべ・みどり●ジャーナリスト。文化学園大学客員教授。東京都出身。早稲田大学卒業後、日本テレビ放送網入社。1980年「三つ子15年の成長記録」で日本民間放送連盟テレビ社会部門最優秀賞。昭和天皇崩御報道の総責任者。1995年『愛新覚羅浩の生涯』で第15回日本文芸大賞。『英国王冠をかけた恋』など著書多数。
『婦人画報』2013年5月号より文=渡邉みどり
※こちらの記事は、『婦人画報』2013年4月号より転載しています。
1973年11月14日、女王の長女・アン王女が結婚した。夫となったマーク・フィリップス大尉はミュンヘンオリンピック馬術競技のゴールドメダリスト。彼は裕福でもなければ御曹司でもないが、アン王女はマーク・フィリップス大尉を、「私が今まで出会った中で一番心の優しい馬乗り」と一目ぼれだった。祝福ムードをぶち壊すように、次なる事件が勃発する。アン王女の誘拐未遂事件だ。1974年3月20日の夜、新婚のアン王女夫妻はチャリティ・パーティからの帰途、王室リムジンでセント・ジェームズ公園を通ってバッキンガム宮殿に戻る途中だった。フロントには王室メンバーの乗車を示す青いライトが光っていた。突然リムジンに向けて白い小型のフォード車が追突。
<写真>後ろの黒い車がアン王女が乗るロールスロイス。誘拐犯のイアン・ポールは白いフォードでその進路を塞いだ。ほかの車も歩行者も息を呑んだ。フォードから、銃を持った男が飛び出していきなり発砲する。男はアン王女のリムジンに駆け寄って、護衛官と通行人の一人を撃った。犯人イアン・ポールの狙いは王女夫妻の乗るリムジンを襲撃し、王女を誘拐して身代金200万ポンド(当時1ポンド=660円として、1兆3億2000万円)を得ることだった。警備の警官は王女を守るために、壮絶な撃ち合いが始まる。目の前の銃撃戦で4人が撃たれ、現場は血みどろだった。犯人はリムジンに近寄って銃を王女に向け、「俺は200万ポンドがほしい。王女が人質になってくれ。車から降りろ」と要求する。犯人は王女を捕まえようと後部座席のドアに突進する。ところがアン王女自らが、「とんでもない。私は車を降りないわよ。200万ポンドなんて持っていないわ」と要求を拒否する。アン王女は夫と車の中からドアをしっかり押さえて開けさせなかったのである。
<写真>アン王女と夫のマーク・フィリップスが乗っていたロールスロイス。矢印は、車の後部座席の窓に残る銃弾の穴を示している。
提供元:Yahooニュース

