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「ナベプロ帝国」支配者・渡辺晋はなぜ賞レースに消極的だったのか【五木ひろしの光と影】(日刊ゲンダイDIGITAL)

【芸能界と格闘技界 その深淵】#90

 五木ひろしの光と影(26)

 ジャズグループ「シックスジョーズ」のバンマスにして名うてのベーシストとして、大学生のダンスパーティーや米軍キャンプで演奏していた渡辺晋が、旧来の芸能興行から脱皮し、芸能プロダクションの近代化を目指そうと、妻の美佐と渡辺プロダクションを設立したのは1955年のことである。以降、ハナ肇とクレージーキャッツ、ザ・ピーナッツ、ザ・ドリフターズら人気グループを擁し、中尾ミエ、梓みちよ、沢田研二、布施明、森進一、キャンディーズら数え切れないだけのスターを抱えた。さらには楽曲の原盤権を保有することで音楽ビジネスに乗り出し、番組制作にも乗り出すことで次々とテレビ番組を生み出すなど、「ナベプロ帝国」と畏怖される芸能界の最大勢力となりおおせたのは周知のことである。

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 ただし、帝国の支配者である渡辺晋は、かねて「賞レース」への参戦には消極的だった。「黎明期からテレビに関わってきた晋さんにとっては、そのテレビが生み出した賞を争うこと自体がバカバカしいことだった」と証言したのは「日本レコード大賞生みの親」ともいうべき元TBSの砂田実である。けだし事実だろう。しかし、理由はそれだけではない。それこそが、野口修にとっての「勝算」だったのである。

 巨大化した渡辺プロダクションだが、強みは何より「一枚岩」であること。渡辺晋も美佐も「ファミリー」を殊更に強調し、結束の固さは盤石に映った。しかし、レコード会社にとっては自社の専属歌手のセールスが第一で、つとに賞レースともなると、事務所の結束も「一枚岩」もさほども関係がなかった。「敵は同じナベプロの歌手」という事例が頻発するだけ厄介だったかもしれない。「森進一対布施明」「沢田研二対森進一」「布施明対小柳ルミ子」など、本人同士の思惑はともかくとして、同じ事務所の仲間が競争相手となるからだ。そこに担当マネジャー同士のライバル意識までが加わるのだから、話はややこしい。

 ただし、有史以来こうした事例は思いのほか多い。ともに織田信長の家臣でありながら、何かと対立していた柴田勝家と羽柴秀吉、孫文門下生から国を割る大乱を引き起こした蒋介石と汪兆銘、名人円生一門から骨肉の争いを演じた三遊亭円楽と円丈、90年代に自民党を真っ二つに割った小沢一郎と橋本龍太郎。近親憎悪は世の常である。ライバルを蹴落とすためには手段を選ばない。おそらく、渡辺晋が賞レースに消極的だったのは“帝国”にひびが入りかねないことを危惧したからではなかったか。

 表向きはともかくとして、ナベプロは必ずしも一枚岩だったとは言い難い状況にあった。それは疑いようがない。普段は沈静化していた対立構造も、ひとたび賞レースともなると、レコード会社まで巻き込んで一気に表面化したからだ。

 あるとき野口修は、懇意にしていたナベプロのマネジャーにこう言われたという。

「いいかい、野口さん、安心しな。今年は絶対に五木ひろしに大賞を取らせるから。俺も協力する。約束する。その代わり、別の年には俺に必ず協力してくれ」=つづく

(細田昌志/ノンフィクション作家)

提供元:Yahooニュース
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