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宮川花子さんは周囲の気遣いに感謝「知らんふりして“乗っかって”た」(本多正識)(日刊ゲンダイDIGITAL)

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【お笑い界 偉人・奇人・変人伝】#70
宮川大助・花子の巻(3)
◇ ◇ ◇
大助さん中心のしゃべりだったデビュー当初(1980年ごろ)から試行錯誤を重ね、現在の花子さんが一方的に圧倒する「かかあ天下漫才」のスタイルへ変貌していくと共に、各種の新人賞を総なめにするなど人気と知名度をあげていかれました。そんなさなかの1988年、花子さんに胃のポリープが見つかり、摘出手術をされ、以降、入退院を繰り返されました。
宮川大助・花子<2>「なんべん言うたらわかんねん!」と花子さんをスパルタ指導
私は93年から始まった朝の情報番組で構成作家とタレントとして花子さんとご一緒するようになり、花子さんが「(手術から)5年過ぎたからもう大丈夫みたいやわ」と言われ、ポリープが実は“がん”だったことを初めて知りました。
■「花子には知らせるな!」と箝口令も…
「花子には知らせるな!」と箝口令が敷かれていて、関係者にも誰も知らされていませんでしたが、花子さんご自身は「最初は私もポリープやと思てたけど、あれだけ検査して手術して、厳しい稽古してた大坊(大助さん)がきついこと言わんようになったらわかるがな、普通やないねやいうのが。けどみんなが『花子には知らせんとこ』て、守り通してくれてんのに、『私がんちゃうのん!?』て言われへんやんか。せやから知らんふりして“乗っかって”たがな」と笑いながら周囲の徹底した気遣いに感謝をされていました。
最近、おぼん・こぼんさんの“和解”から、コンビの仲の良し悪しが話題になっていますが、私生活でも家族ぐるみで食事をするコンビもいれば、仕事以外のことは一切しゃべらない、目も合わせない、相方の結婚を他の芸人から聞いて初めて知ったというコンビもおり、この話だけで本が一冊書けるほど多種多様です。兄弟コンビでも仕事が終われば別々の家に帰っていきますが、夫婦コンビは仕事が終わっても一緒。そのストレスは計り知れないものだと思います。大助花子さんは昔から本当に仲のいいご夫婦でしたが、亭主関白だった大助さんが花子さんの胃がん以降、その気遣いが変わっていかれたように思います。
花子さんの休養中は「ずっとそばにいたかった」と大助さんも仕事を休み、大助さんが2007年に脳内出血で倒れた時は、大助さんが「ずっと看病してたら嫁はんしんどいやんか……“漫才の仕事はひとりで行ってきて”と休まずひとりで舞台に立つように伝えた」そうです。
後にこの話は「この人(大助さん)が休んだ時は私がひとりで仕事して、私が休んだ時は一緒に休むてどういうことやねん!? アンタもひとりで仕事しいな!」と漫才のネタになりました。
現在は12月の地元・生駒市での仕事に向け、大助さんに付き添われて花子さんはリハビリに頑張っておられます。「NGKのセンターマイクに立って泣きたい」とおっしゃる花子さんの熱い思いが一日も早くかなうことを願わずにはいられません。
(本多正識/漫才作家)
提供元:Yahooニュース

