-
夜遊び夜遊び
-
お水お水
-
ホストホスト
-
風俗風俗
-
ビューティビューティ
-
ファッションファッション
-
悩み相談悩み相談
-
モデルモデル
-
芸能芸能
-
雑談雑談
-
食べ物・グルメグルメ
-
生活生活
-
恋恋
-
インターネット・ゲームネット・ゲーム
-
ギャンブルギャンブル
-
過去ログ倉庫過去ログ倉庫
-
運営運営
「私のママになってよ」カレン・カーペンター、母に引き裂かれたスーパースター【後編】(ELLE ONLINE)

結成50周年を迎えたカーペンターズ。拒食症で亡くなった天性のシンガー、カレン・カーペンターが抱えた闇は、現代のワーキングウーマンと同じ。
1978年11月に倒れたリチャード。過労から睡眠障害になっていた彼は、睡眠薬中毒となっていた。リハブのためリチャードが休業をとるタイミングで、ついに幼少期から離れることのなかった兄と妹は私生活で袂を分かち、カーペンターズからそれぞれ独立した生活を送り始める。
1980年、カレンはソロ活動を始めるも、リチャードから冷めた反応しか得られずアルバム発売を断念。その最中、上院議員の選挙キャンペーン中に出会った離婚歴があり、自分と9歳しか違わない連れ子もいる年の離れた不動産実業家トム・バリスと電撃結婚(写真)する。しかしその結婚も、わずか1年強で破綻。両親の訓えから、専業主婦願望を持っていたカレンだったが、スーパースターを求める周囲は、それを許さなかった。
コンサートで忙しく飛び回る間は、ほぼ会えない生活。そんな生活から抜け出すべく出産を望んでいたが、トムはなんとパイプカットをしていたためそもそも子供ができない体だったことが判明。しかも、散財を繰り返した夫のトムは妻から金を借りる日々。その額は現在の価値にして1500万円。夫のために食事を作って待っている生活を望んでいた彼女に、夫は働き続けることを希望したのはそういった背景があった。彼女の資産を巡る吝嗇の夫との争いを経て、彼女の拒食症は加速。食べ物を口に入れることすらできなくなっていた彼女に、一歩ずつ死の影が近づいていた。
“We’re lost inside this lonely game we play. (私たちは自分がプレイしている孤独なゲームをしているうち迷子になってしまったの)”
「This Masquerade」
ようやく家族は心理的障害を専門とする博士に相談。何事も自分の意志が通らないカレンにとって、唯一自分の思い通りになる体重に固執していることを指摘。カレンの決定を尊重すること、そして何より期待したことをカレンがやらなかったとしても愛していることを示すことだと伝える。
しかし、無駄だった。両親は治療を拒否。彼女の従順さ、世間の言う正しい女性像に価値を見出してきた家族にとって、とくに母親にとっては「自由に生きても愛している」と伝えることは、自分の子育て自体を否定する行為だったからだ。再び入院し、点滴によってなんとか生きるために必要な栄養を取るようになったカレンは、ベッドの上でドラム・スティックをひたすら叩いていたという。
“We have left all the darkness far behind us. All those hopes that we held along the way have made it to this day…(辛い日々にお別れしたわ。希望を抱いて進むこと。それはきっと幸せに満ちた今日のためだったのね)
「Those Good Old Dreams/遠い想い出」
提供元:Yahooニュース