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小林豊さん「笑っていいとも!」“ブッチャー”で親しまれた元名物ディレクターは今(日刊ゲンダイDIGITAL)

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【あの人は今こうしている】
小林豊さん(70歳/元フジテレビ取締役、元テレビ静岡社長)
「いいとも」P死去 佐藤義和さんとタモリのとっておきの話
番組終了から7年半経った今も、事あるごとに語り継がれる伝説の人気バラエティー番組「森田一義アワー 笑っていいとも!」(フジテレビ系)。番組当初、名物コーナー「テレフォンショッキング」で翌日のゲストに出演依頼するディレクターとして話題になったのが、小林豊さんだ。悪役レスラー、アブドーラ・ザ・ブッチャーに似ていることから“ブッチャー”のニックネームで親しまれたが、さて、今どうしているのか?
◇ ◇ ◇
「フジサンケイグループの事業を統括する持ち株会社『フジ・メディア・ホールディングス』の取締役からテレビ静岡社長に就任したのが2009年6月でした。僕は静岡市出身なので地元なんですよ。それから社長を10年間、顧問と相談役をそれぞれ1年務め、今年の6月末で退任しましてね。今は特にやることもなくて、静岡市内の自宅でのんびりと過ごしています」
小林さんと会ったのは、JR静岡駅そばのカフェ。「健康のため、毎日ウオーキングを欠かさない」とのことで、よく日に焼けている。
「実はプライベートでは、1年半ほど前、68歳の時に都内のテレビ関係の会社に勤める25歳年下の女性と結婚しました。僕は12年前に前妻を乳がんで亡くし、ずっとヤモメ暮らしだったんです」
社長就任時、すでに前妻は闘病中だったため都内から単身赴任。3カ月後、悲しい別れがあり、「つらさから逃れるため一時、自暴自棄になった」という。
「社長退任が決まり、『さあ、これから何を楽しみに生きていこうかな』と考えた時、物音ひとつしない自宅でひとりで過ごすむなしさや、将来への不安を実感するようになったんです。で、以前からの知人のひとりだった彼女と交際する機会に恵まれ、結婚に踏み切りました」
熟年離婚は珍しくもないが、死別後に熟年結婚とは何とも羨ましい。
平日は静岡市内のマンション、週末は神奈川県内のセカンドハウスで暮らし、奥さまは仕事に応じてリモートと通勤を使い分けているのだそうだ。
「『後片付けができてない』とか、怒られてばっかですよ(笑い)。でも自宅で待ってる人がいる、逆に僕が待ってる、というのはいいモノで、周囲からは『若返った』って冷やかされることもありますね。アハハハハ」
■アルバイトから始まったテレビマン人生
小林さんが放送界へ入ったのは専修大学1年だった1970年。
北海道の牧場でアルバイト中にTBSのドキュメンタリーの取材を受けたことをきっかけに、同局報道部でアルバイトを始めた。
「三島由紀夫さんが70年11月に自衛隊市ケ谷駐屯地(現・防衛省本省)で自死された時は現場取材に行ってました。前代未聞の大事件。騒然とした状況は今も忘れられないですね」
その後、東京12チャンネル(現・テレビ東京)、フジテレビの番組制作会社「フジポニー」を経て、80年にフジテレビの社員となった。
「TBSでは報道でしたが、テレビ東京以降はバラエティーがメイン。80年にスタートしたお昼の『笑ってる場合ですよ!』で初めてディレクターになり、82年から始まった後番組の『森田一義アワー 笑っていいとも!』には第1回から参加しました」
同番組に携わったのは約5年。司会に抜擢されたタモリさんとの最初の打ち合わせは四谷のスナック。
酔っぱらったタモリさんがカウンターに上がり全裸で踊っていた。
「そりゃあ、タマゲました。まさに目が点(!)ですよ。当時、イグアナの形態模写や4カ国語マージャンといった破天荒な芸をされてましたし、とても昼の番組には合わないと思いました。ところが話してみたら、教養のある常識人。『笑って~』が32年も続いたのは、制作側が提案した無理難題も平気で受け入れてくれたタモリさんの大功績です」
「いいとも!」卒業後はクイズ番組「所さんのただものではない!」(85~91年)などを担当し、41歳の時に営業畑に配置転換。慣れない仕事に戸惑いながらも奮闘し、営業局長、スポーツ局長に。その後、2005年6月に同社の執行役員、07年6月、フジテレビ取締役、09年6月にテレビ静岡社長に上り詰めた。
「所ジョージさんは律義でね。相談役を降りてからも盆暮れの心遣いを送ってくれるんです」
社長在任中は民放連の役員や理事などを歴任。それらも評価されて今年4月の春の叙勲では、旭日小綬章の栄誉に輝いた。
(取材・文=高鍬真之)
提供元:Yahooニュース

