夜遊びニュース詳細|ホスト・風俗の掲示板「夜遊びweb関西版」

夜遊びweb掲示板 関西夜遊びweb掲示板 関西
エリア選択

夜遊び掲示板を検索する

スレッドタイトルを対象とした検索ができます。※スペースのあり、なしで検索結果は異なります。

掲示板リストメニュー

飯野矢住代は世間に求められるがままの「虚像」を忠実に演じていたのか【芸能界と格闘技界 その深淵】(日刊ゲンダイDIGITAL)

【芸能界と格闘技界 その深淵】#55

 飯野矢住代誕生秘話(18)

  ◇  ◇  ◇

飯野矢住代誕生秘話<1>飯倉のイタリアンレストラン「キャンティ」で広がった業界人脈

 バンドマンのジョニー(その後のジョニー吉長)との同棲生活を解消した68年度ミス・ユニバース日本代表の飯野矢住代は、原宿のマンションを引き払い、実家と言うべき母の住む渋谷・円山町のアパートに戻った。とはいえ、アパートと銀座の往復という平穏な生活まで戻ったわけではなかった。破局から2カ月後、「週刊平凡」(1970年5月21日号)にて男性モデルと並んでフルヌードを披露している。「わたしの新しい恋」と題したそのフォトには、次の詩が添えられている。

《カレを知って ああカレを知って 「白蛇の妖精のお話」を信じるようになりました 地にもぐり 大地をはい 水に泳ぎ 木に登り 空中に飛ぶ 美しいヘビの姿は わたしたちのものです》(原文ママ)

 何を訴えたいのか分かるようで分からない。文面から、新しい人生を歩もうという決意も感じるが、「あの頃の美しい想い出は返らない」と悔いているようでもある。余談になるが、矢住代の豊満な乳房に顔を寄せる長髪の男性モデル「宮下文夫」とは、のちに世界的キーボーディストとなる喜多郎らとプログレグループ「ファー・イースト・ファミリー・バンド」を結成し、後年はヒーリングミュージックの第一人者となるシンセサイザー奏者の宮下富実夫である。

 ともかく、マスコミは矢住代を放っておかなかった。「週刊女性」(1970年10月3日号)は「別れてよかった 若すぎたゆえの破局」と銘打った特集記事を組んでいる。「別れた理由は?」という月並みな質問に「私たち、強くなるために結婚したの。それで、強くなったから、それぞれの道へ飛んで行くことにしたの」と、またも掴みどころなく答え、かと思えば、「結婚してよかったと思うわ。おいしいもの、お洗たくしたきれいなもの、それを彼のために作ってあげるよろこび。私は結婚して、はじめてそれを知ったんですもの」と、実際は未入籍だったにもかかわらず、「結婚」を強調しながら気丈に振り返ってもいる。その心情は次のコメントからもうかがえる。

「イヤなことは、頭のこっちがわにあるの。そして、こっちがわの頭で、いつも夢を見ているの。うん、イヤなこと忘れてはいません。でも、思い出さない。自分に必要なときだけ、パッと思い出すの」

 さらにこうも言う。

「花屋さんにある菜の花をね、ぜんぶ買ってしまうの。それを胸にかかえて、そして、風が強い日に、頭の地まで風が吹きとおるような日に、長い髪をこう吹きなびかせて、街を歩くの。私、そんなときが、最高に幸福なの……」

 記事を読む限り、記者と読者の望む答えを用意しているように映る。求められるがままの「飯野矢住代像」を忠実に演じているのかもしれない。それは、奔放で開放的で掴みどころのない不思議なキャラクターである。

 もしかしたら、他人の望みに応えようとするあまり、本当の自分を見失っていたのかもしれない。 =つづく

(細田昌志/ノンフィクション作家)

提供元:Yahooニュース
新規レスの投稿
名前 (8文字まで)
E-mail
本文 (750文字まで) 必須

スレッドタイトルを対象とした検索ができます。
※スペースのあり、なしで検索結果は異なります。