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横浜銀蠅 翔「Johnnyのいる銀蠅を、当時を知らない世代にも見せたかった」 コロナ禍乗り越えツアー展開(夕刊フジ)

 【ぴいぷる】

 横浜銀蝿40thは昨年、1年限りのプロジェクトのはずだった。1980年のデビューからメモリアルの40周年、オリジナルの4人でファンに想いを届けたい。しかし翔、Johnny、嵐、TAKUの想いは、コロナに打ち砕かれてしまった。春の横浜市教育会館での公演は中止、全国を巡るZeppツアーは何度も延期された。

【写真】1980年代前半に一世を風靡したロックバンド「横浜銀蝿」

 翔「打ち合せを重ねて、気持ちを高めて、それが延期になるたび思うところはあったけど、それよりもチケットを買ってくれたファンに申し訳なくて。延期のたび、その日に合わせて仕事を休んだりもしなきゃならない。それでも会いに来てくれるファンの気持ちをいつも考えていた。だから頑張れたんだ」

 Johnny「僕は83年以来、37年ぶりの復帰で、ギターからは離れていたので、延期の連続で気持ちが切れやしないかと心配だった。でも延びた時間は、ひたすらギターの練習に打ち込んできた。本来なら昨年で銀蝿の活動は終わり、ギターとは再び離れていたかも。それがもう1年、ギターを見つめ直す時間ができた」

 今春、6月のZepp Tokyoなど1年遅れのツアーを展開。そこには感動が待っていた。

 翔「ファンの子たちはマスクを着けて、座っていたけど、ステージに上がったときには感動した。声援はなくても、目いっぱいの拍手で心が温まった。曲のなかにある言葉や想いを演奏してみんなに伝えて、それがあすからの勇気になれば。会いたい気持ちは俺らもファンも同じ。本当、応援してもらって感謝している」

 Johnny「楽しかった。僕は結婚して子供ができて、30歳で裏方(キングレコード)に入ったけど、その息子が30歳を過ぎて、親父のライブを見に来てくれた。ファンも親子連れで来てくれて、そうやって銀蝿がつながっていくのがうれしい」

 銀蝿のヒストリーは、翔とJohnnyが高校1年で同じクラスになったことから始まる。一緒に曲を作り、嵐、TAKUと“T.C.R.横浜銀蝿R.S”を結成して80年にデビュー。しかし目標のシングル1位、アルバム1位、武道館満タンを達成すると83年末に解散。37年を経てオリジナルメンバーで再結成することになったのは、翔のJohnnyへの熱い想いからだった。

 翔「18年の11月に、銀蝿を育ててくれた水橋春夫さん(音楽プロデューサー、同年8月に死去)のお別れの会でJohnnyと久しぶりに会ったとき、“再来年は40周年だし、また演ろうよ”と声をかけた。銀蝿のギターはやはりJohnny。ロックンロールを弾かせれば一番カッコいい。でも今、50代前半の世代もその姿を知らない。どこかのタイミングで、Johnnyがいる銀蝿を見せたかった。また一緒になれたのも水橋さんのおかげですね」

 Johnny「翔くんに『一緒に演ろう』と言われるまで、再び表舞台に立つなんて考えてもいなかった。でも、久しぶりにギターを手にして弾いてみたら、楽しかったんだ」

 1年越しの40thの締めくくりが、これから始まる。先週発売されたニューアルバム『ぶっちぎり249』もマストアイテム。初回限定盤は、新曲のディスク1、ファンのリクエストで決まったベストテンをスタジオライブで収録したディスク2、DVDの3枚組だ。

 翔「高校時代にJohnnyが俺の部屋にギターを持ってきて曲を作ったときのような、シンプルにカッコいいものを詰め込んだ。みんなに選んでもらったベストテンはヒット曲だけではない組み合わせ。普段のライブで演らない曲をやってほしいというファンの気持ちはうれしかった」

 ファイナルツアーの“バハハ~イ集会『昭和魂 永遠!』”は、10月14日のLINE CUBE SHIBUYAでスタート。16日仙台、11月14日金沢、17日福岡、19日岡山、20日広島、28日さいたま、12月2&3日札幌、10日大阪、11日名古屋、17日神奈川県民ホールと、全国の“お前ら”に会いに行く。

 翔「新曲が一番いいという自信はあるけど、『男の勲章』『ぶっちぎりRock’nRoll』『横須賀Baby』とか、Johnnyがいる銀蝿を見たことがないファンのためにヒット曲も演る。曲はすべてオリジナルの子供たち。だからいつどこでも歌える」

 銀蝿40th、2021年12月31日のエンディングまであと3カ月余り。

 Johnny「カッコいいことを始めようと思って翔くんと作った銀蝿。60を過ぎても恥ずかしがらず、これがカッコいいと思う気持ちは変わらない。自分たちよりテクニックは上の若いヤツらはごまんといるけど、俺たちのカッコ良さはほかにはない。だから楽しいんだ」

 走り出したら止まらない。アクセル全開で大晦日までぶっちぎる!

 ■横浜銀蝿 高校の同級生だった翔(Vo&G、1958年6月8日生まれ)と、Johnny(同、58年5月9日生まれ)がバンド活動を始め、のちに嵐(Vo&Ds、55年4月15日生まれ、翔の実兄)、TAKU(Vo&B、60年9月22日生まれ)が加わり、79年9月に“THE CRAZY RIDER 横浜銀蝿 ROLLING SPECIAL”結成。80年9月にシングル「横須賀Baby」、アルバム『ぶっちぎり』でデビュー。リーゼント、サングラス、皮ジャン、白いドカン…“ツッパリ”の代名詞として若者から絶大な支持を集めた。日本武道館でライブ、日本レコード大賞特別賞も受賞したが、83年12月31日で解散。Johnnyが戻った横浜銀蝿40thで昨年復活。活動は今年限りとなる(HPはginbae40th.com)。

提供元:Yahooニュース
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