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半端ない松前ひろ子の熱量 義理の息子もライバル視(日刊スポーツ)

<ニッカンスポーツ・コム/芸能番記者コラム>
取材をする機会は年に数回しかないのですが、今年でデビュー50周年の節目を迎える演歌歌手松前ひろ子(69)のことが、すごく気になっています。
いとこの北島三郎(82)から歌をほめられたことがきっかけで、歌手になることを夢見て家出。内弟子修業をへて「さいはての恋」で念願のデビューをしたのが1969年(昭44)。19歳の時でした。歌手生活の船出は順調でしたが、わずか2年後に交通事故に遭遇。会話もできないほどの大けがを負って歌手生命を絶たれてしまいます。
作曲家中村典正氏と結婚をして家庭に入りましたが、夢をあきらめることができず、事故から8年後に再デビューを果たします。
まさに、山あり谷ありの人生。現在は主婦、歌手、そして芸能事務所の社長として多忙な日々を送っています。演歌歌手の三山ひろしは義理の息子。経営をしている事務所に所属しています。
数年前には、よくこう言っていました。「50周年を迎えたら歌手をやめて、夫の面倒を見ながら、事務所の社長としてやっていく」。でも、実際に50周年を迎えたら「私は鈍行列車。ゆっくりゆっくりと歩いてきました。サブちゃんからは『歌の世界に終わりはない』と言われた。これからは、55周年を目指すとかではなく、1歩1歩、1年1年、声の続く限り歌っていきたい」と生涯現役を誓っていました。
まさかの変節!?
松前と話していて気付くのは、何より歌が大好きだということ。そして、三山への“ライバル心”です。愛弟子として、そして義理の息子として溺愛をしながらも、同じ歌手として「負けるわけにはいかない」という闘争心がメラメラと燃えているのが分かります。そばにいると、やけどをするくらいの熱量! 松前はすご~く正直で、分かりやすい人なんです。
三山はこれまで1度も「おかあさん」と呼んだことがありません。常に「師匠」です。「三山君がステージで『私の師匠は2人います。中村典正と松前ひろ子です』と言います。その言葉に恥じないように、これからも三山君のパワーをもらって頑張りたい」。先日もこう語っていました。
波乱に富んだ69年の人生です。今後の歌手生活で何とか大輪の花を咲かせることができたらいいなと思いながら、これからも注目をしていきたいなと思っています。【松本久】
提供元:Yahooニュース