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剛腕の女帝 メリー藤島さん 人並み外れた度胸のよさ「“わたしがジャニーズのメリーよ!”」(スポニチアネックス)

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◇メリー藤島さん死去
14日に93歳で亡くなったジャニーズ事務所のメリー藤島名誉会長は、男社会だった芸能界で対等以上に渡り合う剛腕ぶりを発揮し「女帝」と呼ばれた。一方で、芸能界で活躍する女性たちと華麗なる人脈を築き、ジャニーズ繁栄の足掛かりを築いた。
ジャニーズ事務所が創業した1962年当時、芸能や興行の世界はこわもてが幅を利かせる切った張ったの業界。時に理屈に合わない出来事も起こる中、メリーさんは人並み外れた度胸のよさと、逆境をもひっくり返す剛腕ぶりで、早くから一目置かれる存在だった。
当時を知る関係者によると、コンサート会場の外で露天商が売る非正規グッズを片っ端から取り上げ「“わたしがジャニーズのメリーよ!”とたんかを切ったこともあります」(同関係者)という。
男社会だった芸能・興行界を変えた先駆者でもあったが、社長のジャニーさんが何の心配もなく活動できる地盤を固め、ジャニーズを「帝国」と呼ばれるほどに巨大化させた手腕は唯一無二だ。
功績の大きさから、いつしかメリーさんは「女帝」と呼ばれた。テレビ局幹部は「芸能界で“女帝”と呼ばれたのはタレントでは故美空ひばりさん、裏方ではメリーさんが思い出される」と語る。表舞台にほぼ出ず、隠然たる影響力を持ち続けていた。
中でも剛腕ぶりが発揮されたのは、1989年12月31日に開かれた近藤真彦(57)と中森明菜(56)による、いわゆる「金屏風(びょうぶ)会見」だ。
明菜は同年7月に、当時交際していた近藤の部屋で自殺を図り、命は取り留めたがその後雲隠れ。世間は大騒ぎとなり、近藤も活動しにくい状況だった。
そんな中、大みそかに突然、2人を同席させての会見をブチ上げたのがメリーさんだった。計画はジャニーズ内部でもほとんど知られないトップシークレットとして進み、NHK紅白歌合戦の裏となる午後10時に開始。生中継した番組の瞬間最高視聴率は17%を超える注目を集めた。
2人の背後に金屏風が置かれたことで結婚会見と思った報道陣もいたが、近藤は結婚を否定。当時を知る芸能関係者は「明菜さんは結婚会見ではないと初めから承知していた」としつつ「明菜さんのファンからは批判の声もあったが、近藤を守るには最も効果的な手法」と評価。芸能史の伝説として語り継がれている。
《ジャニーさんの隣に眠る》メリーさんの墓は、和歌山・高野山のジャニーさんが眠る「喜多川家」の墓の隣になる。19年9月までに完成したジャニーさんの墓は、伝統的で色も形もシンプルな縦型の「和型」。メリーさんは自身の終活として、その隣に左右対称で同じ形の墓石をたてていた。東京から遠く離れた高野山から、ジャニーさんとともに自身が育てたタレントの活躍を見守る。
提供元:Yahooニュース

