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山口洋子と権藤博の結婚を阻んだもの…女性誌は「中日球団の横槍が」と【芸能界と格闘技界 その深淵】(日刊ゲンダイDIGITAL)

【芸能界と格闘技界 その深淵】#24

 山口洋子は、かつて愛人関係にあった元安藤組組長の安藤昇とその後、週刊誌で対談したように、元婚約者の権藤博とも文芸誌「オール読物」(1998年3月号)で対談している。「清算上手」と言うほかない。

山口洋子は東映ニューフェイスからヤクザの愛人に…

 権藤と洋子がいかなる関係にあったか、過去を知らずにページをめくれば、足しげく通ったクラブのママと常連客という、単に旧知の間柄による対談にしか映らず、2人に何があったかまったく気付かない読者もいただろう。

 しかし、おおかたの事情を把捉した上で読み進めると、興味深いやりとりが目を引く。中日ドラゴンズ不動のエースでありながら、酷使がたたって肩を壊した権藤は、31歳の若さで放り出されるように現役を退いた。

「ゴルフがものすごくうまかったんですよね。ジャンボ尾崎より才能があると言われて。なんで転向しなかったんですか?」とただす洋子に「野球に対する意地があった。何とかまたユニホームを着てやろうと思ってた。こんなところで逃げてたまるかという気持ち」と、かつての恋人は正直な気持ちを吐露した。

 投手コーチとして再びユニホームに袖を通した権藤だが、苦労はなおも続いた。幾度となく繰り返された監督や選手との衝突である。近鉄バファローズの投手コーチ時代は阿波野、吉井、山崎と先発ローテーションを揃えながら、監督の仰木彬との確執から半ば追い出されるように球団を去った。請われて入閣した福岡ダイエーホークスの投手コーチ時代には、監督の田淵幸一から「権藤さんはいつかは監督をやりたい人だから」と、痛くもない腹を探られた。そんな人間関係の煩わしさを洋子には洗いざらい打ち明けている。

 もし、2人が結ばれていれば、このやりとりは、編集者やカメラマンも立ち会う対談の席上ではなく、リビングや寝室という、ごくプライベートな空間で行われる性質のものだったかもしれない。

 華々しかった現役時代とは対照的な元恋人“ゴンちゃん”の苦労話に、洋子は「ふんふん」と耳を傾けながら、「男の子だもんね」「いつでも直球勝負だもんね」「突っかかるの好きだもんなぁ」と時折、合いの手を入れた。

 この時、両者の胸中に何が去来したか、もちろん知る由もないのだが、洋子の脳裏に、ほろ苦い過去の一片が蘇ったとしても不思議はない。

■「別の理由があった」

 話は1960年代に舞い戻る。「姫」を畳んでまで、権藤博との結婚生活の準備を進めていた山口洋子だったが、4年の交際期間を経て、結婚どころか、別れの序曲が聞こえるようになっていた。
《男は東京に遠征で来ているのに、電話の一本もない。かっと血がのぼって、瞬きも二、三日が続いて……》(「ザ・ラスト・ワルツ『姫』という酒場」山口洋子著/文春文庫)

 女性誌「婦人倶楽部」(1970年2月号)は、「中日球団の横槍があった」と書く。「中日にとって、巨人の長嶋のような存在だから、球団社長の娘と結婚させたい」という球団の意向に、エースである権藤の気持ちが揺れ動くようになったというのだ。ままありそうな話である。

 しかし、実際はそうではなかった。「別の理由があった」と、洋子自身、躊躇なく書き残しているのだ。

(細田昌志/ノンフィクション作家)

提供元:Yahooニュース
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