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山口洋子にも「実家の姑さんに可愛がられる嫁にならないといけない」という呪縛が【芸能界と格闘技界 その深淵】(日刊ゲンダイDIGITAL)

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【芸能界と格闘技界 その深淵】#22
1983年、日本中に空前の大ブームを巻き起こしたドラマといえば、「おしん」(NHK)である。主演の田中裕子演じるおしんが、関東大震災で自宅と工場を瞬時に失い、佐賀にある夫の実家に身を寄せるくだりがある。これをマニアは「地獄の佐賀編」と呼ぶらしい。
俳優・田中邦衛と脚本家・橋田寿賀子は何がすごかったのか
姑から壮絶な“嫁いびり”に遭ったおしんは、出産間際になっても農作業を課せられ、揚げ句に、嫁いでいた義妹が出産を控えて実家に戻ってきたことから「同じ家に2人も身重の女がいては縁起が悪い」と言う姑の言い付けに従い、母屋から追い出されてしまう。物置
に独り隔離されたおしんは、ろくに食事も与えられず、産気付いても誰にも気付かれず、自力で女児を産むのだが、結局死産してしまう。
私観だが前半の「小林綾子編」がマイルドに感じるくらいで、正真正銘の地獄である。よく、こんな壮絶な作品を「朝の連ドラ」で流せたものだとつくづく思うと同時に、田中裕子の悲哀にみちた演技力と、橋田寿賀子の筆力にうなるほかない。
とはいえ、一般の視聴者にとってそんなことはどうでもよくて、姑役の高森和子は街を歩けば罵声を浴びせられ、所属事務所には連日「おしんをいじめるな」という抗議の投稿や、嫌がらせが相次いだというし、当時の佐賀県の井本副知事は「これでは佐賀のイメージダウンになる」とNHK佐賀放送局を通して善処を求めたのは有名な話だ。行政レベルで懸案事項に上っていたことになる。
筆者の周囲には佐賀出身者が存外多い。「ああいった嫁いびりは本当?」とただすと「あれはドラマでしょう」と彼らは一笑に付しながら、「亭主関白で、嫁は亭主を支えるものという、古い道徳とか価値観が残っているところも、なくはない」と返ってきた。つまり、「あった」ということだ。「地獄の佐賀編」の時代背景は大正末期である。おそらく、その価値観は濃厚に根付いていたとみていい。
権藤博との結婚を機に、山口洋子は夜の世界から足を洗おうと考えていたことは、本人の記述からも、周囲の証言からもまず間違いないと思われる。その背景にあったのが、権藤の実家の母親から不興を買っていたらしいことだ。
《「家つきカーつきババァ抜き」という流行語もあったが、私は気難しい母親のいる男との結婚生活を夢見ていた。(中略)そんな母親が年上で水商売の女との結婚など許そうはずもない。だが私はものいわぬ沼に無駄な小石を投げ入れる尽くしようで、見当違いの花嫁修業に精を出していたのだ》(「ザ・ラスト・ワルツ『姫』という酒場」山口洋子著/文春文庫)
権藤の実家は佐賀県鳥栖市である。「おしん」で描かれた世界観は、いささか過剰な演出にすぎたとしても、その価値観の一片だけは残っていたのかもしれない。何せ昭和30年代の話である。
入学してすぐ高校を中退して、16歳でカフェを経営、18歳で東映の女優、20歳で安藤昇の愛人になって逃避行の片棒を担ぎ、21歳で銀座のマダムになったという、この時点で波乱の半生を送ってきた山口洋子ですら「実家の姑さんに可愛がられる嫁にならないといけない」と強く願っていたのだから、いかに当時の価値観が強固なものだったか、改めて痛感するほかない。 (つづく)
(細田昌志/ノンフィクション作家)
提供元:Yahooニュース

